KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

心の大きさ その

心の大きさ その


わたしがそんな馬鹿げた戯言を考えているとは、コンビニの店員
は夢にも思っていなかっただろう。
BY THE WAY ところが…..

 

店員の顔は、わたしの接客時と違った。別人のようだ。緊張感の
ない満月のように非現実的な夢を見ている表情を貼りつけていた。

努力の嫌いな人間が、宝くじの当選を想像した時に決まって
浮かべる“ひょっとこ”、崎陽軒の醤油入れの顔だ。


シウマイを食べる時は微笑ましいが、疲れている時はイラッと
する、ひょっとこ。

今年こそ良い年になりますように!
二度と汗臭い爺ランナーは来ませんように!


ひょっとこの言う通りだ。わたしは温かいお風呂に浸かり、さっぱり
して、一杯の水を飲み、寡黙な死人のように安らかに眠るべきだ。

せめて
6時間、できたら7時間、あるいは永遠に。しかし、わたしは
その考えをすぐに打ち消した。


男は誰でも不幸なサムライ、花園で眠れぬこともあるんだよ♪
サムライ
by沢田研二

 

安眠とお節料理と初夢は、やることをやってからだ。人間観察、
心理分析、悪口雑言の場合ではない。じろじろとなめるように
見て、あの人は少し変だと言う昭和の煙草屋の婆さんみたいに。


TOKIO
NoNARIT!ゆっくりと先を急ごう、幸運を呼ぶ
(はずだった)成田山は、まだ
30狙茲覆里澄

わたしは考えた。まったくもって暇だから、馬鹿だから、大晦日
に年越しランなんて暇なこと、馬鹿げたことを、さも自慢げに、
得意がっている。そしてそこに、油断という隙間がポッカリと空
いたと気が付いたのは、リハビリ中の半年後だった。


とにかく、とにかく、とにかく、走らなくてはいけない。

まだ30繊いやいや310本だ。こんなことは、何でもない
と言う顔をするのだ。


こうして、気持ちを二転三転させてから、ようやく再スタートの
準備が完了した。わたしは何食わぬ顔をして、大腿骨骨折前
の最後のランニングをスタートした。

 

まっすぐ最短距離で走り出した。

愚かな人間が転がり落ちてくるのを、大口を開けて待っている
地獄のヒキガエルに向かって、私は嬉々として走り出したのだ。

↓ 冨士そば 新小岩北口店

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心の大きさ その

心の大きさ その

 

黒いリュックを背負い、黒い空を見上げ、黒い目
と老いた両手を上げ見えない無数の星を掴み、
元旦(
2011年)の出来立ての冷えた空気を肺に
吸い込み、両手をだらんと下ろしながら、わたし
は白い息をハァ〜と吐きだした。

瀕死の雪男のように。


白い息は、習志野市の田舎臭い空気の中に
アッという間に飲み込まれて消滅した。
3回続けたが、結果は同じだった。

「そんなものは通用しない」と叱られた気がした。

このときに感じた負の感情は、この後の惨劇へ
の暗示であり、招待でもある。

 

先ほど掴んだ星と僅かばかりの幸運の全部を
私はここで手放してしまったのだ。


背負ったリュックを下ろす。顎を上げ、缶コーヒー
の底をポンポンと叩き、最後の一滴まで喉の奥へ
と流し込む。汗臭いだけではなく、貧乏くさい人間
の貧乏くさい行為だ。

 

汗を含んだリュクのすえた臭いを素早く嗅ぎ、素早く
後悔した。捕獲されたドブ鼠のように周辺をキョロ
キョロと見回したが、コンビニ以外は暗闇だった。

エネルギー補充のパワースポット等はない。
当たり前だ。世界は、わたしを
中心に回っていないのだ。


ありふれた人間は、ありふれたコンビニの店内を覗いた。

店員は安物の丸椅子に座っていた。脂の乗った肉厚
の背中を丸めて短い両足を一生懸命に伸ばしていた。
わたしだって一生懸命だと、アピールするように。

また店員は左足首の上に右足首をクロスさせていた。
それが、わたしは気に入らなかった。


私だけではない。この店員の姿を鍼灸師、接骨師、
整体師、整形外科医が見たときの表情は、ハッキリ
2つに分かれる。顔をしかめるか、相好を崩すか?

Take
先生のような治療家は不本意な顔をする。
「腰が痛い?首が痛い?あなたね。その体型と
その姿勢が原因ですよ。まずは生活改善しない
と良くなりません」

 

その一方で微笑みの自称治療家(他称守銭奴)
こう言う。「毎日通院したら必ず良くなりますから、
保険効きますから、月初ですから(商売ですから)
ここに名前書いて下さい」

 

まさか、わたしがそんなこと(馬鹿げたこと、戯言)を
考えているなんて、コンビニの店員は夢にも思って
いなかったはずだった。

BY THE WAY ところがだ…..


オリジン弁当
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心の大きさ その

心の大きさ その

 

素晴らしい大晦日だった。しかしこのわずか30分後に、
人生が一変する素晴らしい体験と壮絶な体験が待って
いるなんて、だれが想像できただろう。


わたしはレジ袋を受け取り、外に並んだゴミ箱の上に
それをバサッと置き、ビニール包装をむしり取った梅の
おにぎりを、飢えた馬のようにバクバクと食べた。


私は半分飲んだ温かい缶コーヒーをゆっくりと、倒さ
ないように、ゴミ箱の上に慎重に置いた。昔のボーリン
グ場で倒れたピンを手作業で立たせる疲れた作業員
のように。



あっという間だった。コンビニ前でボ〜としている間に
2010年と2011年は素早く入れ替わった。歓声も拍手
も口笛も音楽もない、冷えた日の丸弁当のように沈黙
の旧年と寡黙な新年だった。


単なる節目には特別な意味はない。継続した時間の
経過に過ぎない。カレンダーを1枚破るか、新しいカレ
ンダーに代えるか。つまり、
2010年と2011年は同じよ
うなものだと考えていた。いやそんなことは何ひとつ
考えていなかったと正直に言うべきなのだ。


妻と娘に「おめでとう」と慎ましいメールを送信した。
元旦の風が、挨拶代わりに頬を撫でた。缶コーヒー
を少し飲んだ。セブン店頭には前年最後の汗臭い
客がいたが、新年最初のまともな客はまだいない。
わたしは
5分後に携帯の画面を覗いた。代わり映えし
ない携帯だった。迷惑メールもなければ、家族からの
返信メールもなかった。


我が家の女性陣はジャニーズのテレビを見る。
冷蔵庫を何度も開けて、何度も覗き込み、何かを食べ
何かを飲み、わたしの関心のない芸能人に関する
おしゃべりを永遠に続けているのだ。わたしからの
メールは「早ければお正月のあいだに、遅くても今
年中には目を通すから」。それはどうも、ご親切
にと、わたしは微笑んだ。


家族の温かみを胸にしたわたしは、ゴミを正確に
分別して、それぞれのゴミをそれぞれのゴミ箱に
5-4-3のダブルプレーのような素早い動作で素早く
放り込んだ。

 

それから黒いリュックを背負い、黒い空を見上げて
両手を上げて見えない無数の星を掴み、元旦の出
来立ての冷たい空気を肺に吸い込んでから、両手
を下ろした。

 

そこでわたしは、先ほど掴んだ星と、僅かに残って
いた幸運のすべて手放したのだ。

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