KAZUの復活日記

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁ、これから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活出来るのか? 本気でヤルのか?情熱を注げるのか?過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう! こういう人生、こういう生き方を、思い切り楽しんでやろうじゃないか! KAZUさんよ、タイトル負け、するなよ(笑)

はかない夢

05:05〜 自然起床
05:10〜05:45/お風呂(マッサージ・正座)
激痛ではなく、小痛なんだけど、神経痛は続いている(´−д−;`)

はかない夢?   DREAMS COME TRUE ですよ (^∀^)

大学のキャンパスは、ピカピカの大学1年生が溢れて、嬉しそうに不安そうに笑っている。
足下を見ると、茶色い土のグランド、僕は、少し懐かしく、少し驚いて、少し嬉しかった。
クラブ活動のパンフレットを手にとる、最初に陸上部の文字が視界に飛び込んできた。

俺、走ったことないけど、絶対に陸上部に入ろう!
走れるかどうか分からない、だけど、やっぱり陸上部に入ろう。
だって、だって、陸上部に入ったら、きっと、いや必ず、みんなに会えるはずだ。
みんなと一緒に走れたら、練習できたら、すごく嬉しい、早くみんなに会いたい。
陸上部に入って練習して、絶対に速くなって、そして、みんなを驚かせる。

ぼくは、嬉しくなって、我慢できずに、土のグランドを少しだけ走ってみる。
あれっ!走っても足が痛くない、普通に走れる、それに息も全然切れていない。
もしかして、足が治ったのだろうか、また、走ってみる、やっぱり大丈夫だ。

嬉しくなって、また走る、ねぇ〜ねぇ〜僕を見てよ、ほら、走れるようになったよ!
ゆっくり走りながら振り返える、あれっ、誰もいない、せっかく走れるようになったのに
走るところを見て欲しいのに、誰もいない、みんなどこへ行ったの、あれぇ〜。

夢から覚める、やっぱり夢だったんだ、そうか、やっぱり、やっぱり夢だ。
どうりで、少しフワフワしたような、なんだか変な感じがしていたんだ。
だけど、もしかして正夢か、足が治っていたりして、いや、そんなこと、ある訳ないよ。
それにしても、はかない夢、これは、まさしく、ぼくの願望が夢になったのだろう。

星のさだめか 罪の報いか なぜやってきたか はかない夢が
神が僕を もてあそんで つかの間の夢を  与えたのか    (星のさだめ 一部修正)

はかない夢に、少し耐えきれなくなって、僕は、妻に”はかない夢”を説明した。

僕 こんな夢をみるなんて、僕の足は良くならないのだろうか?

妻 大丈夫よ、足は必ず良くなるから。

僕 必ず良くなる?

妻 必ず、絶対に、良くなるから!

僕 じゃあ、僕は、絶対に小説家になれる?

妻 さぁ〜ねぇ、それは絶対になれる、とは言えないわねぇ(^∀^)

はかない夢だけど、小説家になれるか分からないけど、僕は少し嬉しくなった(^∀^)

夢見ることができるなら、それを叶えることができる。
''If you can dream it, you can do it''  ウォルト・ディズニー

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ナンタコスマリネ ブレンド 610円 モスバーガー新小岩南口店

藤田宗久

05:15〜 自然起床
05:20〜05:45/お風呂(マッサージ・正座)
少しづつ、神経痛は軽減してきたかなぁ〜、ホッ(^∀^)

自分の価値観で決める、自分の人生なんだから!

好きなことを見つけることは、難しくない。
好きなことを始めるのことは、少し難しくなってくる。
好きなことを続けていくことは、とっても難しいことだ。

5月15日(火)俳優の藤田宗久(そうきゅう)さんの舞台”授業”を長女と観劇しました。
長いセリフの掛け合いが続く、繊細な表情、息もつかさぬ緊迫の展開
観ている観客に一瞬の隙も与えない迫力、凄い、素晴らしいの一言です。

藤田宗久さんは、40年前に、姉と僕の家庭教師だったのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%AE%97%E4%B9%85

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観劇後 ご挨拶、藤田宗久さん     銀座みゆき館劇場
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昨年の”授業”パンフレットより

当時の藤田宗久さんは、東京外国語大学の大学生、英語ペラペラです。
在学中から、演劇の道に入り、劇団員として現在に至っています。
こうやってサラッと言うと、何気ないことのようですが、考えたら凄いことです。

学歴と語学力を取得する。しかし、経済的安定より、自分の好きな演劇の道へ。
そして、40年のあいだ、演劇人として、舞台、テレビ、映画などに出演してきた。
好きな道を見つける、自分の価値観によって選択して、自分の人生を生きる。

子どものころ、僕は好きなモノ、憧れていたモノ、なりたいモノがいっぱいあった。
プロ野球・プロレス・大相撲・ボクシング・芸能人・ロックバンド・俳優 などなど。
だけど、なに1つ、好きなことをやってみようとはしなかった、ただ観ているだけだった。
ただ学校に行き、ただ就職して、いやいや社会に放り出されてから、やっと考え出した。
そして、人生35年以上過ぎて、ようやく、好きな仕事、自分の道を見つけることができた。

藤田宗久さんは、40年前、僕の家庭教師だった。
あの当時の藤田宗久さんは、アルバイトをいくつも掛け持ちしている貧乏学生。
髪が長く、薄汚れたコート、だけど、目がギラギラしていて、すごくカッコよかった。
あれから40年、藤田宗久さんの眼差しは、ギラギラではなく、優しくなっていた。
だけど、やっぱり、藤田宗久さんは、すごく、すごく、カッコよかった。

いちばんいけないのが、「他人の人生」を生きることである。
親の期待する人生、先生の言った通りの人生、
上司の期待する理想の部下、などなど。 
大前研一


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ヘルシー和膳 ドリンクバー 900円(100円割引券)ジョナサン新小岩駅北口店

沖縄の本土復帰 40年

05:05〜 自然起床
05:10〜05:45/お風呂(マッサージ・正座)
昨日 処方してもらった鎮痛剤は効きます、ホッとします(^∀^)

あなたは29%でしょうか、それとも71%でしようか?!

沖縄返還とは、1972年(昭和47年)5月15日に、沖縄(琉球諸島及び大東諸島)
の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還されたことを指す。

沖縄県に住まない日本人は、安全保障のことを考えているだろうか。
沖縄県に住まない日本人は、米軍基地のことを考えているだろうか。
沖縄県に住まない日本人は、日米地位協定のことを考えているだろうか。
沖縄県に住まない日本人は、沖縄で発見される不発弾のことを考えているだろうか。
沖縄県に住まない日本人は、4人に1人が死んだ沖縄戦のことを考えているだろうか。
沖縄県に住まない日本人は、失業率ワースト、県民所得が最低、のことを考えているだろうか。

沖縄県に住まない日本人は、沖縄にばかり、不当な負担を強いている認識があるのか?
沖縄県に住まない日本人は、沖縄(戦争・基地・経済)を、本当に真剣に考えているのか?

NHKが、2012年に行った、沖縄県民の世論調査
本土の人は沖縄の人の気持ちを理解していると思うか」という質問に対し
理解していない」 と答えた人が71%
10年前の調査と比べて10ポイント以上増えてる。

誰かの痛みを和らげてあげたいという願いが充分深ければ、
人は必ずいつも効果的な言葉を見つけることができる。
ジョーゼフ・テルシュキン

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野菜たっぷタンメン ドリンクバー 892円 バーミアン東新小岩店
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