KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

総武線の車内にて

2017.3.18(土)総武線各駅停車 千葉行き

「おい、おまえ、今、眼(がん)飛ばしたよな!」という喧嘩売買の
名文句を、蛇が鼠を丸飲みするように、わたしはグッと飲みこんだ。

40年という歳月は紅白歌合戦を40回...だけではなかった。

わたしを大人にして、角を削り丸くして、ほどよく気前よく老化させ
て、ゴミ箱に放り捨てた。それに冷静に客観的に考えてみたとき、
その男の気持ちを考察したとき、わたしに反論の言葉は見当たら
ない。「つまらないもの」 この男の表現は素晴しいと言いわないが
まったくの的外れだと言いきれない、自分がいた。

三人に話し掛ける方法が見いだせないまま、数分が経過した。
じりじりした焦りの時間は、実際より長く感じた。たらりと流れる
額の汗はなかったが、焦りの気持ちは増幅中だった。

しかし、亀戸駅でドアが開く直前に、思わぬ方向へ事態は急展開
する。あの左端の男が、突然立ち上がった。何かを諦めたときに
浮かべる不満げな表情を、顔いっぱいに貼り付けた男。
(あるいは、男は生まれつき、そういう顔だったのかもしれない。
その場合は、わたしは幾分かの同情を持ち合わせるべきだった。
ただし、正確には分からない。また、分かりたいとも思わなかった)

立ち上がった男は、ドライアイスのような冷ややかで攻撃的な目で
私を睨(にら)みつけた。私と比べると、男の身長は少し低く、体形
は少し細く、性格は少し斜めに曲がり、頭はかなり悪そうに見えた。

広島と長崎は四国にあるのか、九州なのか、男は答えに迷う。
アメリカの隣りにイギリスがある。そのような男に、私は見えた。

ただし、怒るという感情は、頭の良し悪しとは関係がない。
そのあたりの学習が、私に欠けていると認識するのは、少々
遅すぎたようだ。遅くなるとき、ときに...トラブルを手招きする。
罪深い夜霧が、罪深い悪魔を呼び寄せるように...。

冷ややかだった男の目は、いまでは、憎しみの油を注いで
真っ赤にメラメラと、車両の天井まで燃え上がっていた。

そして男は、私に向かって、大股で2歩踏み出した....

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総武線の車内にて

2017.3.18(土)総武線各駅停車 千葉行き

錦糸町駅から亀戸駅に向かって、電車は線路の上を
お約束通りの速度で走っていた。


各駅停車は定刻通りに走る。不満の1つも言わず、乗客を驚か
すパフォーマンスや奇声は上げない。疲れたと言って急停止
したり、線路を外れてひっくり返える。そんなことはしなかった。

千葉行きの各駅停車は、JR東日本の指令通りに与えられた
任務を確実にやる。律儀で勤勉な日本人が設計した車両の
中に、たまたま、あるいは運命的というべきか、ろう者三人と
わたしは乗っていた。手を伸ばせば届く、すぐ目と鼻の先に。

ろう者の三人は座っていた。わたしは立っていた。もし、わたし
が三人の前に移動しても、お互いの目線が違う。違いすぎる。
その状態では、わたしが上から三人を見下ろしてしまうのだ。

さてどうしたらいいのだろう、三人のろう者に話し掛けるには..。

わたしは車内の様子を見回した。三人のろう者の向かい側に
同じ三人席があった。そこに、三人が座っていた。左端には、
アディダスの黒いパーカー、頭に黒いキャップの若者がいた。

チャーミングなキャップを被ったチャーミングな男。部屋だけ
ではない。トイレ、風呂、寝る時でも決してキャップを脱がない。
ラップが好きで、努力と根性いう言葉は毛嫌いするタイプだ。

キャップ下の薄い両耳の端に、キラキラした安物のピアスが
光っていた。価値観の多様化。それを、お洒落だと評価する
人がいるのだろう。生ハムみたいな薄い目は、屈折した冷淡
な光というか、消灯後の電球の残像のようなものを薄っすら
と浮かべていた。

穴の空いた薄汚れたジーンズ、組んだ脚をブラブラさせた端に
手入れをしたことのない薄汚れた魅力的なスニーカーがあった。

豆腐のように冷ややかな男の目は手の中のスマホを真剣に見て
いた。スマホの中にあるかもしれない夢を男は必死に探している。
あるいは、パズドラをやっていたのかもしれない。どちらにしても、
そこに大差はないし、そんなこと、わたしの知ったことではない。

男の視線は突然スマホからスニーカーに移動した。ブラブラさせ
た貧乏ゆすりの右足が飛んで行かないか、確認するかのように。

朝顔の花が開くように、男はゆっくりと顔を上げた。表情のない顔
だった。野菜を食べない、ビタミン不足の顔だった。魚屋さんに並
んだ死後2日の魚の目だった。虚ろな目はわたしの目と正面衝突
した。魚眼から火花がパチパチと散った。男の薄い瞳孔は、一瞬
大きく開いた。それから、気落ちしたように、すぐに閉じた。

男は目線を外した。敬遠の四球のように、意図的に、あからさま
に視線を右側へ大きく外した。たっぷりと後悔の表情を浮かべた。
新聞テレビ欄を見ていたら、昨日の新聞だったと気付いたときの
ような、さもつまらないものを見てしまったという顔だった。

そのとき.......「おい、おまえ、今、眼(がん)飛ばしたよな!」

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総武線の車内にて

2017.3.18(土)総武線各駅停車 千葉行き

同じ車両に乗り合わせた人々は、みんな素敵な人たちだった。

魂を抜かれたようにボ〜としている人、スマホを見るために人生
の大半を使う若者と元若者、月曜日の早朝会議を考えて憂鬱な
表情を貼り付けた男、コンビニでスイーツを買うことを真剣に考え
る茶色い髪を指に巻きつける女、旦那の悪口を言い合う心優しい
主婦など、みんながみんな有意義な人生を堪能している人々だ。

人を見る。見た人を比較する。誰かに頼まれた訳ではないのだが。

人様のこと、第三者ことをわたしが勝手に比べる必要なんかない。
しかし、わたしは大いに比較した。「ザ ベストテン」のように。その
ことに不満があるとしたら、文部科学省に申し出たらいい。偏差
値教育を経験した副作用は、そう簡単には抜け切れないのだ。

三人のろう者はとても楽しそうだった。楽しそうな三人を見ている
わたしもまた、とても楽しかった。

手話は分からなくても、その表情を見ていれば楽しそうな様子は
十分過ぎるほど伝わってきた。(この辺りは、手話を学んでいない
人は分からないかもしれない。あるいは、分かるかもしれない)

いずれにしても、三人は楽しそうだった。少なくても、その車両に
乗り合わせた佐藤さんを含む、多く(聴こえるひと)のだれよりも。

わたしは三人と話したかった(手話べり)。偏差値の低いゾウリ虫
のように、ただ単純にそう思った。わたしが手話で話しかけたら、
三人はどんな反応をして、どんな展開になるのだろう。不安と期待
は、くっついたり、離れたり、交錯していた。それは映画館の重厚
なドアを開ける瞬間に似ていた。見やすい座席は空いているか、
どんなスト−リーだろうか。戸惑いと、心が躍るわくわくした感じだ。

わたしは清々しい気持ちだが、同時に、深い霧も立ち込めていた。
話し掛ける行動を決断したが、まだ、わたしは迷いの森林にいる。

さて、どうしたらいいのだろう、三人に話し掛ける方法は....

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