KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

つくばマラソンを走るのか

普通の人間らしく寝てしまおうかと、わたしは少しだけ考えてみた。

昨夜、手話講習会(葛飾区)が終わり、帰宅後にカラスの行水のあと
遅い夕飯とビールを飲んだ。前期高齢者を刺激する11PMみたいな
テレビ放送もないので、わたしは読書をした。

チャンドラー「ロング・グッバイ」(村上春樹の翻訳)を読むのは4回目
だろうか。少し読んでから消灯前に時計を見たら、23時15分だった。
目を閉じた瞬間に、わたしの思考は完全に止まった。

次に目が開いたのは午前4時だった。ポツポツという不吉な音が
聴こえてきた。北側の窓に向かって、大量の雨粒が威勢よく体当
たりを繰り返していたのだ。

雨だから、57歳だから、昨夜遅かったから、サブスリーを狙えないから
そういう理由をいっぱいかき集めてきて、自分を正当化して、このまま
普通の人間らしく寝てしまおうかと、わたしは少しだけ考えてみた。
しかし、その提案はあえなく却下した。

1つの体験が脳裏を駆けめぐった。自己ベストのさくらマラソンのとき、
その練習のときだった。わたしはどしゃぶりの雨の中、40舛鯀った。
8年前とは言え、怪我の前とは言え、それはわたしなのだ。見た目に
分かりやすく、確実に経年劣化しているが、それでも同じ人間だ。
小雨の20疏を回避したら、わたしは、わたしではない。

あらためて考えてみると、わたしは、わたしというイメージを、ずいぶん
粗末に扱ってきたようだ。クローゼツトの奥で、深く眠ったままのディナー
ジャケットのように。

そうなった、あるいは、そうならざるを得ない理由について、雄弁に語る
わたしとは会話を楽しんだり、傷を舐めあったり、心を通わせてはいけない。

過去にやったことは消えないかもしれない。
それを弱みにして生きるか、強みにして生きるかは自分次第だ。
加藤秀視(新明建設創業者、企業家・講演家・保護士、元暴走族総長、1976〜)
テレビ番組『Jチャンネル』(2009年5月26日)より


10/15(日) 6’00”×20      →107'43"(5’22”)
10/22(日) 5’30”×20繊  →104'21"(5’13”) 10/21(土)
10/29(日) 5’30”×25
11/05(日) 5’30”×30
11/12(日) 5’00”×20繊   →いわき将門ハーフマラソン
11/19(日) 5’00”×10
11/26(日) 5’20”×42.195羨つくばマラソン

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つくばマラソンを走るのか

人生とマラソンは同じだ。わたしのランニングは計画的ではなかった。
ここ2〜3ヵ月は、「ただ走っている」というだけのダラダラ練習だった。

もちろん、そういうのも悪くない。それで、誰に迷惑をかける訳ではない。
銀色メガネをかけた医師に、いつもの使いまわし呆れの顔を見せられ
「もう少し、生活を見直しする必要がありますね」と言われないのだ。

ただし、そんな炭酸が抜けたビールのような気持ちでは42.195舛
フルマラソンは走れない。パソコンの画面を睨み、馬鹿みたいにマウス
を動かす。参加費用を支払い、茨城県まで行き、そくさくと着替えて、
走って、沿道の女子高生の吹奏楽部の演奏やら、何かのダンスやら
見ず知らずの人から「ガンバレ〜!」と紅葉した黄色や赤茶色の声援
を浴びながら、給水やアンパンを受け取りながら、42.195舛鯀る。

そこそこのタイムで良い、という訳にはいかないのである。

しかし、これからの6週間をどう頑張ったところで、↓そこそこ....なんだ。 

止めることのできない時間は惜しむためだけでなく、
美しい瞬間を次々に手に入れるために流れていく。
吉本ばなな(小説家、1964〜)『黒いあげは』


10/15(日) 6’00”×20      →107'43"(5’22”)
10/22(日) 5’30”×20
10/29(日) 5’30”×25
11/05(日) 5’30”×30
11/12(日) 5’00”×20繊   →いわき将門ハーフマラソン
11/19(日) 5’00”×10
11/26(日) 5’20”×42.195羨つくばマラソン


0810




20疏ること・新小岩・心理分析

朝から20疏るときに、いったい何を考えて走るのか?
と考える(疑問)ひとは、走る楽しみを知らない人だ。
つまり...走らない人だ。走るのが嫌いなひとだ。

走らない人のために、わたしを例にして心理分析しよう。
(走らない人はまったく興味ないでしょうが....)

最初の走り出しは、距離と時間を考えない。
そこを考えると「そんなに(内容)走るのか....」となるから。

折り返しになって「ここから後半なのだ」と自分を鼓舞する。

13舛らいに疲労を感じて「あと7舛發△襪里!」と憂鬱に。
そういうときは「最低でもあと2舛倭る、たった2繊廚塙佑┐襦

15礎賄世如屬△5疏れば、走らなくて良いのだ」と思う。

20曾わると、明日のランを考える。

「明日は10舛世韻芭匹ぁ廚塙佑┐董▲縫筌縫笋垢襦

翌日の10舛蓮△△辰噺世Υ屬暴わる気がする。
そして、「昨日20疏って良かった!」と自己肯定する。

やっぱり、走らない人には......分からないよネ(笑)

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