身体のどこかが痛い、と言うのは、何とも言えないような閉塞感に包まれる。
それでも、痛みの原因と改善兆候があれば、我慢する気持ちにもなれる。
しかし、ちっとも良くならなくて、明日への光が見えないときは、気力が萎えてくる。
これは試練、試練の時なんだ。まずは、復活へ向かう、最初の試練がやってきた。
こんがらがった困惑の糸を、1本づつ正していく作業を始めていこう。
いや、困惑と言うのは、正確な表現じゃない、嘘はいけないぞ。
ある不安が増大してきている。まさか、とは思うが、やはり不安が増殖してきた。
もう6日になるのに、痛みがひかないのは、大腿部の骨が原因ではないか?
ハッキリしないのなら、ハッキリさせるしかない、それが精神不安解消への近道だ。

午後から病院へ行く、レントゲンを撮る、現状を確認するために。
待合室では、平静を装うために、漫画 戦争論を読んでいた。
すると、隣の40歳前後の女性は、何と、英字小説を読んでいる。
ここの待合室の一番人気はスポーツ新聞だが、チト恥ずかしい気持ちになる(´−д−;`)
そして、待つこと20分で診察室へ。
”ボクシングで痛めました、レントゲンお願いします”
先生(女医さん)は、少し笑ったように見えた。僕は、先生の笑顔をこのように推測する。
”あなた心配性ね、そんなことで、骨がどうにか、なっている訳ないじゃない(^∀^)”
 

そして、レントゲンの結果は、先生の予想通り、骨には何の問題も発生していなかった。
帰り道、不思議と痛みが軽減している気がする。病は気から〜なんでしょう(^∀^)

人を不安にするものは、事柄そのものではなく、
むしろそれに関する人の考えである。   
カール・ヒルティ 「幸福論」より

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ジョナサンでヘルシーランチ、そして病院へ、帰り道は痛み軽減(^∀^)