(読書感想記)
ボクは想いだした。3年以上前のマラソンレースのことだ。
その日が刻一刻と近づいてくると、自分のまわりの重力だけが
メフィラス星人(ウルトラマン)によって狂わされたように、やたらと
ふわふわしている。どこかの変なところに入ってしまった精神は、
どうしたらいいのか、どこにいれば良いのか、どこの場所なら落ち
着けるのか、その居場所が分からずに彷徨っていたのだ。

受験とか、就職試験の前とか、そういうときの気持ちとは異質だ。
とにかく、あんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。
あの時の心境を、ありきたりな凡庸な表現をすれば、”不安と期待
でいっぱい”なんだろうけど、もう少しグッと踏み込んで考えてみたい。

まず不安の正体とは何か?これを、ひとつ1つ挙げたらキリがなく
たとえば天候、交通手段、着替など、人生イロイロとあるんだけど
やっぱり一番大きいのは”結果について”に尽きる。たぶん誰でも。
しかし結果を考える行為にリスクがあるのは、当たり前である。

結果思考型の過程と落とし穴は、このようになるだろう。
結果を考えて・・・不安になり・・・冷静さ失う・・・やるべきこと(ペース)
ができない(冷静じゃない)・・・本来の力がだせない・・・結果が悪い

そこでだ、そんなひとは、このように考えたらどうだろうか。
レースとは、これまでの練習が正しいかどうかの、発表会である。
つまり、練習の合否を確認(検証)するだけの、公式な発表会だ。
もし結果が良くなかったら、それは練習が良くなかった、という貴重
な資料が得られる訳だし、そうしたらそれを参考にして、これからの
練習を変えればいい。ただ、それだけのことである。

そう、レースとは公式な発表会だ。こんな楽しいことはない。
あと5日、あと4日・・・・・・いよいよ、あと1日、なんてCMがあった。
そう、日産初の軽自動車、DAYZ(デイズ)の発表会みたいなもんだ。

やっと発散できるんだ。楽しくないはずないじゃないか。
あのマラソン、スタートラインのボクは、そんな気持ちだった。
もし結果が悪かったら、そんなのボクのせいじゃないし・・・・・。
そのときは練習メニューが悪かった、というだけのこと。
それに、ボクの自前の練習メニューじゃないし(ずるいねぇ〜


打たれても打たれても前に出る男は、こんなにも美しい――
敗戦から十余年、十九歳で世界王座についたファイティング原田。
三年後、史上最強と言われていた「黄金のバンタム」 エデル・ジョフレ
を破り、日本人初の二階級制覇。だが 時代の寵児となった原田の前
に、世界の強豪が立ちはだかる。1960年代、日本人を熱狂させた
男の戦いを描きつつ、昭和の“熱"を見事再現した傑作ノンフィクション。


原田にインタビューした時、彼は非常に印象的な言葉を何度も口に
していた。それは「試合をするのが楽しくてしかたがなかった」という
ものだ。試合が怖くなかったのですかと聞くと、彼は愉快そうに「怖い
ことなんか全然ないよ」と答えた。「苦しい練習を積み重ねてきて、
それをやっと発散できるんだ。楽しくないはずないじゃないか」

こう言い切れるほど、原田の練習量は凄かった。もちろん個々の
性格による違いはあるが、思う存分に練習をした男だけが、こう
いう境地になれるのかもしれない

「黄金のバンタム」を破った男 P115〜116の一部抜粋


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