ダブルのジントニックを90分間に11杯飲み干したように

イアンソープが美しい曲線を描いてザブンと飛び込んだ感じ.....だろうか。
いや、そんなに恰好良いものじゃない。何故ならそれは真っ直ぐではなくて
まるでボクの性格のように、ねじれながら左半身から落下するダイブだから。

それに両腕は前に伸びずに、ピグモンみたいに胸の前でぎゅっと縮こんだ。
たとえば五輪と不倫が違うように、ゴールド(金)とオールド(古い)が異なる
ように、ソープとボクの相違点は、たんに髪の毛と瞳の色だけではなかった。
彼はプールになみなみと張った柔らかい水に向かって勢いよく飛び込んだが
対するボクがダイブしたのは、デコボコした成田街道(歩道)の頑固親爺の
石頭みたいなカチンカチンに硬まったアスファルトだった。

空中を飛んで行ったとき、あっと思った瞬間では余りにトゥーレイトだった。
背中から落とした猫は、尻尾を回し体勢を立て直して脚から着地が出来る。
しかし、残念ながらボクのお尻には尻尾が付いていないのだ。
もっとも、今のいままでに尻尾が欲しいなど一度も思わなかったのだから、
今さらそんなことを願ったところで、それも同じく余りにトゥーレイトだった。
余りに遅すぎること、後の祭り、大方の後悔とは常にそういいうものである。

ボクは路上に激しく叩きつけられてから、ことの状況がやっと分かり始めた。
まず左半身、とくに腰から足の下までが全体的にジ〜ンと痺れている。
正座したあとに足が痺れて感覚がない感じに、似ていると言えば似ているし、
似ていないと言えば似ていない。とにかく、ダブルのジントニックを90分間に
11杯飲み干したように、左側の下半身がジ〜ンジ〜ンと痺れていた。
おまけに、胸の下にあった左手までが真似をしてジ〜ンと痺れている。
人生はワン・ツーパンチのように、ジ〜ンと痺れるジ〜ンセ〜イのように。

猫転んじゃった、ゴメン、猫踏んじゃった、もとい、オレ転んじゃった、と思った。
次にボクは、怪我はしてないかと考える。もしここで、こんなところで脚を怪我
してしまったら、東京マラソンへの練習計画が根本的に狂ってしまうのだ。

とにかく、まずは起き上がってみよう、そして、身体の状態を確かめてみよう。
アザラシみたいに上半身を持ち上げて、右手の腕立て伏せの要領でもって
何とか立ち上がろうとジ〜ンとした下半身を見たときに、普通ではあり得ない
ものをボクは見てしまった。少しだけ持ち上がってきた右脚に対して、左脚は
右脚にくっ付いてこないばかりか、なんと反対側にす〜と離れて行くのだった。

試練の日々は教えてくれた。
人生があらゆる面で無限に豊潤であり、美しいことを。
そして人は取るに足らないささいなことを、
くよくよ思い悩んでいるのだと。
アイザック・ディネーセン(デンマークの作家、1885〜1962)

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