ストーンズの初来日、24年前の東京ドーム公演の初日

熱狂コンサートが終わり、4人のサラリーマンは次の移動先へ急いだ。
通勤ラッシュの時間帯にポイント故障が発生したように、人混みをかき
分けながら職場の3人とボクは、水道橋にある最高級でも大衆でもなく
中の下(価格)身の丈に合った居酒屋に入る。その我々の全部の顔が
いつもとは明らかに違った。まだ乾杯前なのに、まだ生ビールを飲む前
なのに、まるで過呼吸の茹でタコみたいに、その顔に赤味がさしていた。

さっき終わったばかりのローリングストーンズの余韻が色濃く残っていた。
そして同時に我々は、誰かに何かをすっと引き抜かれたように、ぐったりと
疲れ切っていた。まるで、自販機で買ったスーパードライを持ち込んだ
ラブホ帰りのケチで鼻の下の長〜い不倫男のようだった。

丸い顔と四角いメガネ、丸い体型のSさん(27歳)は中ジョキをぐびぐびと
一気に半分飲み干した。そして興奮したタコさんみたいに熱く語り始めた。
「ミックジャガーって46歳なんですよ、もうすぐ50歳のジジイじゃないっすか
あんなに走り回るなんて、それあり得ないですよね、っうか異常ですよぉ」
(Sさんの言う通り。しかし彼のキャラとストーンズには違和感を覚える)

今度は四角い顔に丸いメガネをしているCさん(26歳)がバトンを受けた。
「彼らはランニングしているらしいですよ、ちゃんと鍛えているんですよ」
そう言いながら、枝豆を右手でがばっと掴んで口の中に続けて放り込む。
(Cさんのキャラはストーンズより、どちらかと言うとオフコースだと思う)
カラオケでは「愛は勝つ」を熱唱する最年長31歳Kさんが、あとを続いた。
「腐るほどお金があるのに、どうして日本なんかに来たんですかねぇ〜」
(確かにそうだと思う。ではどうして我々は、こうして観に来たのだろう)

あの頃の僕たちは若かった。(もちろん、相対的に今の53歳と比べたら)
しかし、あの頃の僕たちは疲れていた。ヒロイ意味で言えばヒロウだった。
20代の後半とは、男性が体力の低下をはじめて実感する時期である。

頭髪の絶対数は顕著に減少する。性格は相変わらず角ばっているのに、
体型だけは躊躇なく丸くなる。以前のようにはブレーキが効かないのだ。
昨日の仕事が残る。昨日の疲れが取れない。昨夜のお酒が翌朝に残る。
そのくせ、ちっとも残らない財布のお金。増えない貯蓄額と増えていく
カード残高。仕事のノルマはハッキリしているのに、人生の目標は何にも
見えない。まるで深夜の東京湾の底のヘドロのように、血液はドロドロに
なり、肌はカサカサになり、疲れたダボハゼみたいに真っ暗なのだ。

若いころには何も意識しなくても、まるで草津温泉のように自然に湧き上
がってきたアノ元気がないのだ。昔のような、若い頃の体力がないのだ。
エンジンは以前と変わらない軽自動車なのに、もっと気合入れて加速しろ
とプレッシャーをかけられる。ぴたっと止まれと言われても、肝心のブレーキ
がすり減ってきて、腹回りのようにだらしなく緩んできて思うようにならない。

いやぁ〜こどもの頃の夢なんて、そんなの馬鹿馬鹿しくて笑っちゃいますよ。
えぇそうです。大人なんて、社会人なんて、現実なんてぇ〜こんなもんです。
えぇ〜たしかにそれは否定しませんよ。っうか、それは否定できないですよ。

たしかに恰好悪いですよ。でもねぇ〜そういうのって〜みんな同じでしょう。
多少の差はあるにしても50歩100歩とか、どんぐりの背比べじゃないっすか。
学生の頃はねぇ、サークルのお遊びですが、ギターは少しだけやりました。
じゃっ・じゃっ・じゃぁ〜、って奴です。スモーク・オン・ザ・ウオーターですよォ。
今ですかぁ〜そんなのやりませんよ、時間もお金も全然ないじゃないですか。
スポーツですか?中学生のときに少しだけやりましたよ、クラブ活動ですよ。
高校になったら〜えぇ〜やりません。だって、スポーツ刈りは嫌ですからねぇ。

肝機能、中性脂肪とコレステロールですよ。運動不足なのは分かってます。
でもねぇ〜これから〜この身体で運動始めるなんて〜それは無理ですよねぇ。
もう30ですからねぇ、学生時代のような体力はないし、無理効かないですよ。
46歳のミックジャガーは凄いですよねぇ。ちょっと〜考えられないですよねぇ。


世の中はいつの時代も矛盾に満ちています。
特に若い人たちは矛盾に敏感ですが、そこから逃げてはいけません。
その矛盾に立ち向かってこそ、自分の人生を作ることができるんです。
人間は生まれる時代も、場所も、自分で選ぶわけにはいきません。
いつ、どこにいてもそこで幸福になれないようでは駄目です。

大林宣彦(映画監督、1938〜)

d1355-1457-348001-0