改めて言うまでもないが、人の気持ちが分かることは素晴しいこと。
でもそれは、そんなに単純なことでも、そんなに簡単なことでもない。
例えば相手のことを考えているようでありながら、実は自分本位だったりする。
やはり大切なことは、”相手のことを分かろうとする気持ち”だと思う。


(他者への)想像力はみんな持っています。
でも、鍛えないと磨り減って鈍くなってしまいます。
瀬戸内寂聴(小説家・天台宗の尼僧、1922〜)講演会「若者への遺言」より

(2011.8.5 宮城県七ヶ浜ボランティアセンター)
男性はたぶん30代後半〜40代前半だろう。東銀座の花形歌舞伎役者のように
よく通る声だ。「ボランティアの皆さんにお願いが1つあります。ここでの写真は
撮らないで下さい!」 瞬間的にその場の空気をぎゅっと圧縮するような声色だ。
迷いがなく自信のある人間が自信たっぷりに語り掛けるときに魅せる、遠山の
金さんが片腕を出した(遠山桜)時のように寸分の隙もない威圧的な表情である。

そういう人間に対して僕はなにも反論ができないのだ。すぐに萎縮するのだ。
遠山桜を見せられる前に、”あ〜そうかい”と”べらんめい口調”に変わっただで
小心者の僕はびびってしまう。しかしだからと言って納得なんかしていなかった。
”えっなに、どうして?”という気持ちだった。何故なら、ここで目の当たりにした
現状を写真に撮ってブログに貼り付ける、東京で待っている家族に見せて一つ
ひとつ説明しようと僕は考えたのだ。そういうことはテレビニュースを見るより
より身近な人間が体感したこと、直接語るほうが説得力があると思ったのだ。
そのことに対して自分に何の疑いも感じていなかった。僕は正しいと思った。
しかしそれは、次の説明を聞くまでは、ということだったのだが....。

ボランティアセンターのリーダーの説明が続く。芯の強そうな厚みのある声だった。
「ご覧の通りここら辺りにあった家々は津波で流されました。長年住み続けた家が
流されたのです。そしてここに住んでいた沢山の方が亡くなりました。ここのガレキ
処理は重機だけでは出来ません。だから人手が必要なんです。だからボランティア
なんです。そのボランティアの方が写真を撮ることが、どういうことか分かりますか。
皆さんのご自宅が津波に流されて、ご家族を失くされて、そこにボランティアの方が
お手伝いに来てくれて、そのボランティアの方が思い出の自宅跡で写真を撮って
いる行為を、それを見た皆さんはどう思うのか、そこのところを考えてみて下さい」

ここは新小岩、荒川決壊により流された自宅の敷地跡で写真と撮っている人々。
その場面を僕は想像する。ボソボソと話す、その声を想像してみる。
”ここが玄関で、ここがリビングだったんだね、ここにアンパンマンの三輪車がある
から、これも写真に撮っておこう”。リーダーの云わんとしていることの意味について
僕はようやく(全部ではなく、その一部ではあるが)理解することができたのだ。

"put yourself in their shoes.「相手の靴に、自分の身をおいてみなさい」

ボランティアセンターに長渕剛の直筆メッセージの大きな横断幕が掲げてある。
あっそうか、彼は(長渕剛)ここに来たんだと思った。僕は帰りのバスに乗る前に
首に巻いたタオルで汗を拭きながら(ぼっ〜としながら)その横断幕をしばらくの
あいだ眺めていた。そこに書かれているメッセージを読んだ。とても読みずらい
くせのある字だった。疲れているときは、いや疲れていないときであったとしても
そういう字を読むことは気が進まないはずなのに、その時は無性に読みたかった。
その筆跡を眺めていた僕は、嬉しさと悲しさとがぐちゃぐちゃに交錯した不思議な
気持ちになっていた。

あのリーダーを思い出した。僕は横断幕を見ながらそのときの場面を想像する。
ここに長渕剛がいて、ボランティア帰りの僕に対して「ありがとう、お疲れさま」と
声を掛けたと仮定する。それはどんなに嬉しいだろうか、と思った。たった1日
だけのボランティア、自分は被災者ではないのに、僕は図々しい奴だと思った。

長渕の奥さんで元女優の志穂美悦子さんが宮城県七ヶ浜町(しちがはままち)
でボランティアとして約1週間、活動していたそうですね。それも普通に一般受付
での活動だったそうで本当に頭が下がります。マスクをしていたせいか?気付か
ない方も大勢いたそうです。悦子さんは避難所や災害センターでの雑用や物資
の移動、個人宅の泥だしなどテキパキと大活躍だったそうです。
http://70fc959470.seesaa.net/article/200731085.html


帰りのバスが出発してすぐに隣りの初老男性がぐぅ〜ぐぅ〜とイビキをかき始めた。
その不規則な音声を聴きながら僕は何だか微笑ましいような嬉しいような気持ち
になる。まだ高速道路にも乗ってないのに、かなり疲れているんだなと思った。
そう考えていた僕の意識は、すぐに底なし沼の中へどんどん沈んで行った。

"put yourself in their shoes.「相手の靴に、自分の身をおいてみなさい」

手話の勉強を始めようと考えたときに、そのボールを蹴ってみたくなったときに
僕の目の前にボールをパスしてくれたのは、これまでのいろいろな経験だった。
ただそのうちの1つは、きっとこのときの体験だと僕は確信している。

手話の勉強を始めたキッカケは、確か8年くらい前なんですけど
(グループ名)V6の握手会が行われたときに、ろうの女の子が
僕の前のきて手話で話しかけてくれたのですが、僕は手話が全く
分からなったので、そのとき何も答えることが出来ませんでした。
それがずぅ〜と気にかかっていて地域の手話講習会に通いました。
講習会を卒業したあと5年間のブランクがあるので、この番組を
担当するのにあたり、初心に帰って視聴者の皆さんと一緒に勉強
したいと思います
。(三宅健 NHK「みんなの手話」より)


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