新しいことはすぐに忘れてしまうが、古いことは案外と覚えている。
JR西千葉駅の改札口を出たとき僕は確信した。この記憶は間違いない。
昭和35年から平成26年10月12日まで半世紀と4年、JR西千葉駅に降りた
のはこれが初めてだ。AM8時43分、改札口を出ると頬をかすめた風の中に
少しばかりの湿気を感じた。大型の台風19号が北上しているから、あるいは
単なる先入観だろうか。空を見上げたら偉大な太陽はサンサンと輝いていた。
”台風がくる?そんなもの俺様には関係ないぜ”とでも言っているように。
がらんとした小さなロータリーの左手にサブウェイ(サンドウイッチ店)がある。
条件付きではあるが帰りに立ち寄ろうと思った。この試験が上手くいったら....。
目の前の信号を渡ると千葉大学の南門があり、そのまま校内を進んでいった。
元気なのは小学生か中学生か、その両方か分からないが、親御さんと一緒の
子ども達がやたらと目についた。えっ〜近頃の子供達は手話検定を受けるの?
この育ちざかりが54歳のライバルになる?まるで収穫前のリンゴのように僕は
青くなったが、しかしそうではなかった。それは何かの学力テストらしく、その旨の
誘導看板が道標として貼り出してあった。子ども達より親御さんの方が緊張して
いるようだ。いや人様のことは言えなかった。自分の顔だって制作途中の鉄仮面
みたいに、不恰好に引き攣っていたのだから。
僕は受験票のハガキの地図を何回も見ながら、地図の方向に身体の向きを何回
も変えながら、紅葉の始まった樹木を何回も仰ぎながら、ようやく試験会場の校舎
に到着した。地上2センチほどフワフワと浮き足立ちながら、僕は教室に入った。
座席は3人用の長机と椅子3脚があり、その机の両端に受験番号は置いてあった。
真ん中の席は空いている。真ん中の椅子も空いている。僕は、空いている真ん中
の椅子にリュック鞄を置こうかと少し考えたが置かなかった。先に着席したからと
言って、真ん中の椅子に鞄をどかっと置いてしまったら、後から端席に座った人が
愉快な気分にはならないと思った。だから、リュック鞄は自分の椅子に背負わした。
あらためて教室を見回してみると、鞄を真ん中の椅子に置いている人が70%くらい
足元に置いている人が30%くらいだった。間もなく座席の端に40代の女性が僕に
優しく会釈しながら座った。口角を少し上げた完璧な会釈だ。きっと彼女の手話は
表情が上手なんだろうと思った。ところが彼女は、今度は素敵な会釈も言葉もない
まま、おもむろに真ん中の椅子にベージュのショルダーバッグを勢いよく落とした。
”これは私の椅子だから”という空気が僕の左半身を押し込んだ。へ〜そうきたか
と思った。でも僕は気持ちを切り替えた。今は試験のことだけを考えようと思った。
常に沈着冷静でいられる方法は、
「思いもよらない事が必ず起こるぞ」ということを、覚悟していることです。
「準備というのは、必ず不完全なものなり」と思っていることです。
西堀栄三郎(登山家・化学者・第一次南極越冬隊隊長、1903〜1989)

JR西千葉駅の改札口を出たとき僕は確信した。この記憶は間違いない。
昭和35年から平成26年10月12日まで半世紀と4年、JR西千葉駅に降りた
のはこれが初めてだ。AM8時43分、改札口を出ると頬をかすめた風の中に
少しばかりの湿気を感じた。大型の台風19号が北上しているから、あるいは
単なる先入観だろうか。空を見上げたら偉大な太陽はサンサンと輝いていた。
”台風がくる?そんなもの俺様には関係ないぜ”とでも言っているように。
がらんとした小さなロータリーの左手にサブウェイ(サンドウイッチ店)がある。
条件付きではあるが帰りに立ち寄ろうと思った。この試験が上手くいったら....。
目の前の信号を渡ると千葉大学の南門があり、そのまま校内を進んでいった。
元気なのは小学生か中学生か、その両方か分からないが、親御さんと一緒の
子ども達がやたらと目についた。えっ〜近頃の子供達は手話検定を受けるの?
この育ちざかりが54歳のライバルになる?まるで収穫前のリンゴのように僕は
青くなったが、しかしそうではなかった。それは何かの学力テストらしく、その旨の
誘導看板が道標として貼り出してあった。子ども達より親御さんの方が緊張して
いるようだ。いや人様のことは言えなかった。自分の顔だって制作途中の鉄仮面
みたいに、不恰好に引き攣っていたのだから。
僕は受験票のハガキの地図を何回も見ながら、地図の方向に身体の向きを何回
も変えながら、紅葉の始まった樹木を何回も仰ぎながら、ようやく試験会場の校舎
に到着した。地上2センチほどフワフワと浮き足立ちながら、僕は教室に入った。
座席は3人用の長机と椅子3脚があり、その机の両端に受験番号は置いてあった。
真ん中の席は空いている。真ん中の椅子も空いている。僕は、空いている真ん中
の椅子にリュック鞄を置こうかと少し考えたが置かなかった。先に着席したからと
言って、真ん中の椅子に鞄をどかっと置いてしまったら、後から端席に座った人が
愉快な気分にはならないと思った。だから、リュック鞄は自分の椅子に背負わした。
あらためて教室を見回してみると、鞄を真ん中の椅子に置いている人が70%くらい
足元に置いている人が30%くらいだった。間もなく座席の端に40代の女性が僕に
優しく会釈しながら座った。口角を少し上げた完璧な会釈だ。きっと彼女の手話は
表情が上手なんだろうと思った。ところが彼女は、今度は素敵な会釈も言葉もない
まま、おもむろに真ん中の椅子にベージュのショルダーバッグを勢いよく落とした。
”これは私の椅子だから”という空気が僕の左半身を押し込んだ。へ〜そうきたか
と思った。でも僕は気持ちを切り替えた。今は試験のことだけを考えようと思った。
常に沈着冷静でいられる方法は、
「思いもよらない事が必ず起こるぞ」ということを、覚悟していることです。
「準備というのは、必ず不完全なものなり」と思っていることです。
西堀栄三郎(登山家・化学者・第一次南極越冬隊隊長、1903〜1989)

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