第9回 全国手話検定試験 3級試験日 平成26年10月12日(日)
◎試してみませんか?あなたのコミュニケーション能力
◎試験内容 実技試験のみ   ◎受験のめやす 手話学習1年半くらいの方
◎単語数約800〜1000程度   ◎受験料4,320円

僕はまるで鳥取砂丘で迷子になったジャミラだった


濃紺ジャケットと黒パンツの女性(試験官)が入って来ると、ざわざわとした
教室の空気がピリッと引き締まった。いよいよ始まるんだ。ノミの心臓の鼓動
が少しだけ速くなる。女性試験官の手話による注意事項の説明が始まる。
筆記用具以外は机に置かない、試験の質問なし、気分の悪くなったときは挙手
などの手話がすらすらと簡単に読み取れた。僕の手話は上達していると思った。
しかし、それは勘違いだった。もう一人の試験官の話す声を聴いていたのだ。

「あと10分後に試験が始まりますのでトイレの方は今のうちにお願いします」
そのときある光景が視界に入ってきた。2列前隣り(将棋でいうと桂馬の位置)
に座っている茶色いパーカー姿の女性が黒いショルダーバッグから取り出した
爽健美茶(ペットボトル)を美味しそうにごくごくと飲んでいる。目尻を3ミリ細め
て、まるで中秋の名月を眺めているように、さも満足そうに飲んでいたのだ。

あぁ~飲みた〜い、喉がカラカラに渇いていることに気付いた。僕はまるで
鳥取砂丘で迷子になったジャミラだった。もう何かを飲みたくて飲みたくて
たまらなくなった。この大学内のどこかに行けば、自販機があるだろう。
しかしあと10分しか時間がないから、それは無理な話しだ。こういう現象は
マラソンのスタート前に急にトイレに行きたくなるのと基本的に同じである。

つまりこれは精神的問題である。僕は冷静に、完璧に、自己分析をしたが
自己枯渇についても完璧な状態に到達していた。はぁ〜かぁ〜カラカラ〜
干からび〜。もうこうなったら、思いきって言いたいことを言ってみよう。
「その爽健美茶を少し飲ませて下さい」いや、そんなの無理に決まっている。
ノミの心臓では、いや恐竜の心臓でも無理だ。出来ないものは出来ない。
もちろん常識的に考えて、とても大切な試験の前に、麗しきミセスロビンソン
に対して、そんなことを言うべきではないのだ。オーマイガーファンクル!

このままではダメだ。こうして座っている訳にはいかない。僕は立ち上がった。
さぁ〜どうする、どこへ行く?行く場所は2つしかない。このまま敵前逃亡して
自宅へ逃げ帰る、もう1つはトイレだ。えっ、トイレ?そうだ、トイレの神様だ。
にんまりした。そうだ、トイレで水を飲めばいい、日本の水道水は秀逸なのだ。
ここが日本で良かった。日本に生まれて良かった。せっかちなハエのように
僕はトイレの石鹸で手をゴシゴシと洗った。そして両手を合わせて船(手話)
の形にして、僕は両手の水道水をごくごく飲んだ。ふぅ〜ぷっふうっ〜〜。

食道を通過した水道水(45cc)が胃に到達したときに、突然僕は我に返った。
いったい何をやっているのだろう、何を焦っているんだ、何に対して僕は緊張
しているのか。そんなことをあれこれ考えながらトイレの鏡を覗き込んでいたら
血の気のない東京タワーのロウ人形から人間の顔に徐々に戻ってきた。

どうして緊張するのか。いや、そもそもこれが緊張なのか、僕は考えた。
手話検定試験3級に対して僕が緊張する必要は?答えはノーだ。
3級試験の勉強は出来た。合格するための勉強はしたから必ず合格する。
これは単なる確認行為、別の表現をすれば、これは目的地ではなく通過点。
だったらどうしてこんなにソワソワしているのだい? あっ、それ分かった。

僕は新しい体験をしているのだ。月面に初めて降り立ったアームストロング
船長のように、僕はいま新しい一歩を踏み出そうとしている。初めての西千葉
初めての千葉大学、そして初めての手話試験、このワクワク感、この高揚感は
こうした新しい一歩から発生しているのだ。

次から次と初めての体験ばかりの子供の頃は、若かった頃は、いつだって
ドキドキした。初めて幼稚園、初めて中学生、初めてビール、初めてのデート
初めて給料など、いつも何かが気になり、何かを意識して、だれかに恋をして
淡い期待と手痛い挫折を繰り返してきたのだ。そして30〜40代、50歳が過ぎて
いくと、身の回りには経験済みの色褪せたセピア色した写真ばかりだった。
”青春のうしろ姿を人はみな忘れてしまう”。 これ、ユーミンの卒業写真。

いいや、まだまだ、身体とアタマはもっともっと鍛えられるはずだ。
もう1度フルマラソン? それはもちろん、いつかは走れるはずだ。
ギター&ドラム、もっと上手に弾ける、もっと軽快に叩けるはずだ。
ボクシングだって、どんどん?いや少しづつは上達していく。

自分で自分に負荷をかけて、その壁を楽しみながら乗り越えていく。
楽しみと苦しみを重ね併せながら、さらに新しい自分を創造していく。
(ここで言う苦しみとは、将来楽しくなるための”田植え”)
自分を肯定する生き方があるとしたら、そういうことではないか。
あのサブスリーのように憧れの手話通訳士まで到達できるかは分からない。
しかし少なくても、手話の勉強を始めたことに、こうして勉強を続けていることに
すべての要因に対して、僕は心から感謝している。そこは本当に良かったと思う。

人というのは、いつ死ぬか分からない。
ボーッとしてたら、あっという間に終わってしまう。
だから、まず一生をどうやって生きていきたいのかというところから、
きちんと考え直したほうがいい。そして勇気を出して、自分が決めた
新しい生き方で第一歩にチャレンジしてみる。
これは危ないかもしれないと思っていたことを、
思い切ってやってみるんです。

養老孟司(解剖学者、1937〜)『プロ論。』

チャレンジして・・・