KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2009年02月

今年こそ50冊(09/50)

P1010278

「まほろ駅前 多田便利軒」 by 三浦しをん さん
http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/24/67/9784163246703.shtml

P345 最終の3行を抜粋しました。

「幸福は再生する、と。

形を変え、さまざまな姿で、それを求めるひとたちのところへ何度でも、

そっと訪れてくれるのだ。」

「食わず嫌い」からの卒業♪

僕の毎日食べている食材は、日本が誇る健康食「納豆」である!

「納豆」のテーマで、避けて通れないのは、僕の「食わず嫌い」である。


僕は46歳まで、ほとんど「納豆」を食べずに生きてきたのである。

子供の頃から「納豆」を食べることが「理解不能&信じられない」行為だった。

何と言っても「臭い」〜そして「糸引き&ネバネバしている」と来たものだ!

つまり、視覚と嗅覚からして、強烈な拒否反応になるのだ!


関西系出身の両親は、何故か「納豆」好き、姉は僕と同様に食べない。

親に何度か「健康に良いから!」と言って勧められたが頑として拒否した。

厳しい両親にいつもビクビクしていたが「納豆」だけは逆らったのだ!

ちなみに、髪さんと小学校の長女は食べるが、長男は食べない!


その昔、大ファンの沢田研二さんがラジオで、こういう事を言ってました。

「毎日食べて飽きないのは、カレーライスと納豆ですよネ!」

エッ!「勝手にしやがれ」のジュリーが毎日あの「納豆」を食べる?!

ボクシング亀田兄弟が「毎日、納豆食べる」と言ってた時も「ゲッ!」だった。


そもそも、僕は「納豆」を食べた!という記憶が全く無いのである。

唯一の汚点は、忘れもしない昭和59年の4月の事である。

新卒で入社した会社の初出勤の初日、昼食のことだった。

社会に出て、初出勤に目茶苦茶に緊張していたのだ。

所長さんが、昼食に連れて行ってくれたのは回転寿司だった。

目の前で回る寿司皿を取ってから、緊張のまま、単に口に放り込んだ。

口の中でのネバッとした不快感に?何だ?気持ち悪い〜!!

寿司ネタで、唯一食べられない「納豆巻き」を口に入れてしまったのだ。

普通なら口から出してしまうが、流石に初出勤の初上司との初昼食である。

口に入れた物を初上司の横で出す訳にはいかないのである。

僕は諦めて、覚悟して、死んだ気分になり、お茶で流し込んだのである。


それ意外で、46年間生きてきて「納豆」を食べた記憶は1度もないのである。

もう、いくら健康食でも、ジュリーが食べようとも「死んでも食べない」のだ!

そこまで「納豆嫌い」な僕が食べ始めたのは46歳の10月過ぎからだ。


キッカケはマラソンである。ランナーの必須食材が、健康食「納豆」である。

ランニング雑誌によると、タンパク質豊富「納豆」はランナーの必要食なのだ。

走ることが苦手だった僕がランナーになり、苦手な「納豆」も食べる?

最初は恐る恐る、少しづつ口にしていたが、しだいに慣れてくると、


何とも言えずに美味しいのである!


今では少なくても?1日に2食は「納豆」を食べているのである。

もう、「納豆なしでは生きられない」のである。

なんで、こんなに美味しいのに食べなかったのか?その答えは勿論


100%「食わず嫌い」である!


少し真面目に考えると「食わず嫌い」とは、人生の損失である。

「納豆」を食べずに人生を終わらせていたら、寂しいじゃないか!

きっと不器用な僕は、随分と「食わず嫌い」が多いと思うのだ。

例えば、未体験な事〜カーリング、ロッククライミング、棒高跳び

フェンシング、ケーナ演奏〜この辺りは未経験でも良いとして

クロール、ピアノ、英会話〜いつの日か取り組んでみようと思う!

尾崎豊さんは「この支配からの卒業♪」と教えてくれた。

僕はこれからの人生に自分を見つめ直して、自分自身に歌いかけるのだ♪


この「食わず嫌い」からの卒業♪







借り猫の授業参観

昨日は休日(水曜休み)であったが、子供の授業参観日なので、

たまには父親らしく?という事で、子供の小学校へ行ってきた。

出席者は「母親だけ90%・両親5%・父親だけ5%」ぐらいの比率である。

授業参観後の教室で、僕の苦手とする父兄懇談会が開催された。

多数を占める美しいお母さん達の中で、初心者 且つ 小心者の僕は

「借りてきた猫」、
先生の話を無言で頷きつつメモを書く振りをしていた。


担任の先生の話の中で、とっても印象的な話、説明があった。

親に対する少しフォローのような、慰めのような気もしたのだが?!

「私の経験から言うと、今はあまり勉強が出来なくても、中学〜高校と

成長してから、成績も良くなって良い大学に行く子も沢山見てきました。

あまり出来なかった子でも社会に出て沢山お金稼いでいる人もいます。

勉強の向く子、不向きの子もいます、深刻に気にする事はありませんヨ」


勉強が出来て良い思いが出来るのは、


実は学校に行っている間だけなんですからネ!

洋楽100選〜4

1浪して迎えた大学受験は、それまでの人生で一番のプレッシャーだった。
2浪は出来ないし(親は許さない)、もし受験が全滅したら どうしようか?
いまだに、この頃の不安な日々の夢を年に1〜2回は見る小心者である。

そんな時の強烈な、思い出すとニヤッと笑いたくなる想い出の曲です。
日本大学 芸術学部 映画科の演技学科を受験した試験会場での出来事です。

演技試験の前に、試験会場で僕は(殆どの人も同じでしょう!)緊張していました。
その時、長髪受験生の彼は、何と試験会場にラジカセを持ち込んで、何と試験前に
ヘッドホンはしているとはいえ
、大音量でこの曲を聴いているのです(周りの人も聞こえている)
すると試験係員の人が飛んで来て注意すると、彼は意外そうな顔をして聞くのを止めました。

この試験ではアンケート用紙が配られて、その質問の1項目に「将来の夢は?」と問いがあり
僕は悩んだ末に、当時よく読んだ「石川達三」のような作家になりたい!と書きました。

その時、このラジカセの長髪受験生の彼は、大きな声での独り言のように


「将来の夢?そんなの決まっているじゃん!

スーハースターになることだ!」と叫んでいました。


この時、僕を含めた周りの受験生の何人か「クスッ」と笑い、受験の緊張が緩んだ一瞬でした。


その後、名前さえ知らない彼が受験に合格したか否か?知るよしもない。

僕は「石川達三」のような作家ではなく、不動産屋になった訳だが、彼は望み通りに

スーパースターになれたのだろうか?どちらにしろ、彼はきっと、決して、悲劇ではなく、

喜劇の人生を、幸福な人生を送っている気がするのだ!

楽しい想い出を与えてくれた彼に敬意を表して、この曲を洋楽100選に入れることにした。


「ラジオ・スターの悲劇」 by バグルスさん
http://www.youtube.com/watch?v=XWtHEmVjVw8&feature=related

洋楽100選〜3

100選では、いずれビートルズと、各4人を登場させる予定だが、

何故か、僕の中では1番印象の薄い「ジョージ・ハリスン」を1番手とする。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%B3


解散後のソロ活動からバングラディッシュ辺りはリアルタイムで体感した。

僕の連想は、「ジョージ・ハリスン〜エリック・クラプトン〜いとしのレイラ」

どうして、お金も人気もあり、いくらでもモテるのに、どうして

クラプトンは、親友「ジョージ・ハリスン」の奥さんを好きになってしまうのか?

同じパーターンで、ストーンズの「アンジー」もそうだよね。

まぁ こういう泥沼のようなディープ感がロックの名曲を生み出したんだけど。


クラプトンをはじめ、リンゴ、フィル、そしてエルトンも参加している。


「ホワイル・
マイ・ギター・ジェントリー・ウィーブス」
http://www.youtube.com/watch?v=0ITrQXES8kU&feature=related

二度と見ることは出来ない夢の競演!必見の価値あり!

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