辛い、このシンプルな言葉さえ思い通り自由に使えなかった26日間。
辛い、の中には沢山のモノが詰まっている。
辛いの中身は、元旦、家族、反対に折れ曲がった左足、激痛、悲観、
後悔、仕事、生活、入院生活、ランニング、今後の体…まだまだ辛い
ことが一杯で溢れそうです。
でも、辛い!!とはいつでもどこでも感情のままストレートには言えなかった。
僕の辛いを全力で心からサポートしてくれる方々がいたからです。
救急車を呼んでくれた、救急車の中で励ましてくれた、激痛に悶絶する僕
を助ける医師と看護師さん達、患者さんの励まし、友人、ランナー仲間、
仕事関係者、仕事仲間、そしてもちろん家族、沢山の皆さんが心配して
応援して激励してくれた。
ひとり深夜の病室に届いた激励メールに何度となく勇気付けられたことか!!
だから、皆さんの気持ちを受けとめて、辛い!!とは極力言わなかった。
そして、入院生活で、目を見開いて周りを見渡せば、辛いのは僕だけじゃ
なく、もっと辛い方がいる。
小さい子供も年配の方も、辛いに耐えている、闘っている。
僕は、辛い!!と言う感情を封じ込めるように努めてきた。
この辛い封じ込め作戦!?は26日間という期間でみれば良かった気がする。
感情とは微妙なもので、悲しいから涙が出るのか?
涙が出るから悲しいのか!?
辛いと考えないようにすれば、辛い感情は抑えられる。
全ての辛いは無理でも、一部分の辛いなら、モグラ叩きのように、頭を
出したら叩くことが出来る。
この26日間のあいだに、何度となく泣いた。
足を見て泣いて、家族を思い、メールを見て、ブログを、本と新聞を読んで
涙した。
悲しい涙、今にして考えれば、涙を流した時にはその涙は地固めの雨に
なっていた。
苦しいこと、悲しいこと、いつでも続かない。
だから、頑張る、踏ん張る、我慢する!
もう一つ、もっとも大切で重要だったのは、感謝の気持ちだ。
沢山の献身的サポート、応援、激励、メール…心から感謝する。
一つ一つの事、車椅子でエレベーターに乗る時、売店で買い物する時、
一つ一つに、ありがとう!と言う事で感謝の気持ちを確認して行く。
感謝の気持ちが増えれば増えるほどに、自分が守られているのが
実感出来る。
今回の入院生活での、今後の人生での一番の収穫は、感謝の気持
ちの力、重要性を学んだことだ。
2011年元旦の午前2時からスタートした26日間の入院生活は終わり、
26日間を守り通してくれた東京女子医科大学八千代医療センターを退院
して、妻の運転に任せて、今、自宅に向かっている。
今年、初めて自宅に帰る。
まだ年賀状も見ていない、テレビは箱根駅伝から全く見ていない。
髭も剃っていない。
社会人として、父親として、まだまだ小さな一歩だが、ようやく自宅時計の
秒針が動きだす。
今、皆さんに正直に、お話しする。
26日間は辛かった。
これから暫くは車椅子生活とリハビリテーション、仕事復帰、まだまだ
皆さんのサポートが必要です。
でも頑張って行きます!
最後に一言だけ言わせて下さい。
皆さん、本当に、本当に、本当に、ありがとう!!!
佐藤和哉、50歳6ヶ月、自宅への車中にて。
2011年01月
2011/1/2618:0
2011/1/2515:45
自分のいる病室は4人部屋、他に個室もあるが個室費用は1日16000円、
4人部屋は絶えず入退院が頻繁にあるが、ほぼ満室状態、
一方の個室は空きがあるようだ。
病室の大部屋が良いか?個室が良いのかは、費用負担を含む、
患者さんの意向、性格等の要因によって選択する。
ちなみに、自分は元旦の午前2時に運び込まれて、
病室の選択の意思表示を出来る状態でなく、大部屋に搬入された。
結果的には、自分の入った406号室はとても良かった。
良かった、と言う過去形なのだが。
良かった理由は同室の方に恵まれたことである。
入室した当初、元旦の朝からドリルで足に穴を開けるのをベッドで行い、
気絶するほどの激痛と絶叫により、同室の方には相当な迷惑をお掛けした。
後に、そのことを詫びたが、お互い様だよ!と言ってくれた。
毎朝の、おはようございます!との挨拶からスタートして、
病室に来る看護師さん、先生、食事を届けてくれる方、掃除の方、
様々な病院関係者、お見舞いの方まで、いつもきちんと、丁寧に、
心を込めて、ありがとう、ご苦労様…挨拶を欠かさずにしてきた同室の方。
年少の自分が言うのは何だが、同部屋の方は実に常識的、
紳士的な方であり、自分の入院生活のスタートを
心地よく向かい入れてくれた。
その後、同部屋の方が退院してから、
新たに短期の入退院を繰り返している。
短期と言うこともあるが、避けるように挨拶などの意思がない方もいる。
例えば、ベッドのテレビはイヤホーン着用するように看護師さんから
説明を受けているが、守らない方もいる。
挨拶を避けて、就寝時間を過ぎてもテレビを、
そして、お菓子!?をボリボリ食べ続けて、眠ったら、
睡眠時無呼吸のような不規則ないびき…
これが真夜中の病院の同室の方だったら、どうなんだろうか!?
自分の体が辛い時は、自分の事で精一杯であり、
他の方の様子などの余裕はなかった。
体が少しづつ良くなれば、比例してストレスも減少して行く!
と言う単純なものではない。
入院生活も長くなり、体調は良くなるが、蓄積されていくストレスも感じる。
そんなこんなの入院生活も、明日でピリオドになった。
明日、今年になって初めて自宅に帰る。
これから、車椅子生活して、仕事復帰とリハビリテーションをする。
まだまだ、社会人としての完全復帰は遠い先だが、前へ前へ進んで行く。
東京女子医大八千代医療センター、ありがとうございました!
ブログを通して、応援、激励、心配してくれた皆さん、
まだまだ、これからだけど、本当にありがとうございました!
感謝しています、佐藤和哉50歳6ヶ月〓
2011/1/2416:35
2011/1/2316:0
今日も良い天気〓入院生活で一番嬉しい時間は朝です。
朝日が出て明るくなって来て、看護師さん、患者さん達が、おはよう!!
自由の制限されている患者さん達だが、1日がスタートする朝は活力、
元気、笑顔、そして朝食への流れは気持ちが前向きになるのが分かり
良いものだ。
入院生活も長くなると、それなりに適応しようと自分の行動をコントロール
してみる。
少しでも心身に優しく心地よくフィット出来るように小さな事に変化を求め
挑戦し調整を試みる。
自分の体の中に病気や怪我が存在して、その結果として医療スタッフの
いる病院にいる。
つまり、自宅での日常生活が困難な患者さんが病院生活を続けている。
本来の生活は当然ながら自宅にあり、自宅での生活が何よりも心と体を
安定させる。
入院生活は、行動から食事、起床と就寝、もちろん治療時間等まで全て
管理されている。
自己管理と強制管理があるが、強制管理がキツければキツいほど、患者
さんにかかる負担は増大する。
頭では、仕方ない!我慢だ!辛抱だ!誰もが理解して耐えようとしている。
しかし、入院生活の長さに比例して蓄積されて行くストレス。
帰りたい、自宅へ帰りたい!
その為には病気、怪我を治さなくちゃいけない。
治りたい、良くなりたい!
希望と現実のあいだに存在するストレス。
しかし、ストレスは患者さんだけではない。患者さんの家族関係者を始め、
様々なところまで波及している。
自分の事を語れば、入院前の生活にはストレスが少なかった。
自分の希望する生活、仕事、健康等を求めてきた過程で、修正してきた
からである。
簡略に言えば、サラリーマンより自営業、メタボよりランナーの方がストレ
スレスであるし、辿り着くまでの過程も、いまにして思えば十分に楽しんで
きた。
今、こうしてストレスレスから突然の入院ストレス生活になって、今までが
順調過ぎた位だし、今現在も恵まれているのが分かる。
入院患者さんの中には、退院の目処がたたない方、入院費用の事、お
見舞いのない方、退院後の生活の事、世の中の事から考えれば当たり
前かもしれないが、実際に現実問題として事態に直面している方を目の
前にすると、自分のストレスなどとるに足ない事に思える。
本日の読売新聞から一部抜粋 本のソムリエ…
あなたが選ばなけばならない道はひとつだという点です。
とんな道を選んでもいいのです。
でもひとたび選んだら、そのことに責任を持つべきです。
これがだめだからあれ、この道は厳しいからあっち、という態度では、
その道はいつまでたってもあなたの道にはなりません。
道は歩き続けなければ道になりません。
- カテゴリ:
- 50歳・大腿骨骨折
2011/1/2210:0
昨日、先生に直談判!?いや、お話し合いをした。
自宅で車椅子生活して、家族の送迎で転院先の病院へリハビリへ通うので、退院させて欲しい!
それでは、その方向で調整しましょう!
今日は嬉しいことがある。
元旦の入院以来、同室の75歳クロさんが退院する。
クロさんは明朗闊達、情報通、一日中だれかとお話ししている。
自分が元旦に入院した日から、よく声を掛けてくれて、ベッドで全然動けない時に、佐藤さんはマラソン好きだからと言って、箱根駅伝の経過を教えてくれて、スポーツ新聞を持って来てくれた。
そして、僕の怪我のこと、病院内の患者さんに広めてくれたのもクロさんだった(笑)
売店が開いたら、クロさんの退院祝いに、日刊スポーツ新聞をプレゼントしよう(笑)
自宅で車椅子生活して、家族の送迎で転院先の病院へリハビリへ通うので、退院させて欲しい!
それでは、その方向で調整しましょう!
今日は嬉しいことがある。
元旦の入院以来、同室の75歳クロさんが退院する。
クロさんは明朗闊達、情報通、一日中だれかとお話ししている。
自分が元旦に入院した日から、よく声を掛けてくれて、ベッドで全然動けない時に、佐藤さんはマラソン好きだからと言って、箱根駅伝の経過を教えてくれて、スポーツ新聞を持って来てくれた。
そして、僕の怪我のこと、病院内の患者さんに広めてくれたのもクロさんだった(笑)
売店が開いたら、クロさんの退院祝いに、日刊スポーツ新聞をプレゼントしよう(笑)
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