KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2013年09月

冷静さを奪うもの(STAR.5)

鮮度の喪失した、茫然とした、あやふやな声だった

相席になった彼女がいったい誰なのか。それが分かった瞬間、ボクは
バカみたいに緊張してしまった。それは思考ではなく血の騒ぎだった。
身体中に流れている血液のすべてに非常事態宣言が発令され、首から
上に一気に血液が駆け上がってきた。たしかにそう感じたのだ。

ボクは自分の体が心配になったので、高い所にいるプールの監視員の
視線のように、注意ぶかく自分の両手を見つめてから、結んで開いてを
連続して3回やってみたら、幼児がするようにちゃんとした基本通りの
グーパーが大体できていたので、その心配は気のせいだと分かった。
ボクは大丈夫なのだ。たぶん。ボクは少しだけ安心した。

そのような一連の精神的な動揺に気が付いたのか、それとも、変な人
がいると思って警戒したのか、彼女はボクに優しく微笑みかけてきた。
その微笑みにはアロンアルファのような即効性があった。その効果は
イチローが愛飲している最高級ユンケルのように抜群の効き目だった。

それまでの岩石のようにカチンカチンに硬くなっていたボクの緊張感は、
押しては引く波のようにす〜と引っ張られるように、その一部は減少して
柔らかく溶解していった。そうして緊張感が消失したその隙間に、すぐに
入れ替わるようにして、粗雑な性格の引っ越し屋さんの振る舞いのように
新しい感情がドカドカと侵入してきて、その空いたスペースをあっと言う間
に埋めてしまったのである。

その様子は総武中央線の上りの満員電車の車内を見ているようだった。
10人掛けの長椅子に座っていた10人の内の3人が席を立ったと同時に、
そのぽっかりと空いたばかりの3つの座席に向かって、待ち構えていた
オバちゃん3人組が、その小さくないお尻を押し込むように座り込んできた。
そのお尻は海外のハロウィンのときに子ども達が頭にかぶる過度に発達
した不細工なカボチャのように見えた。 その3つの座席のひとつ1つには、
おそ松くんの兄弟のようにそれぞれ独立した立派な名前がついていた。
以前は緊張感という同名だったが、今回は、困惑、好奇心、混沌だった。

このようにボクは不安定だったけれど相席の彼女の美しさは安定していた。
その彼女はモナリザのように微笑みながら、「こんにちは」と優しく言った。
その声はテレビ等で観ていた、いままで聞いていた、そのままの声だった。
もちろん、ボクもすぐに「こんにちは」と答えた。しかし、ボクの声はいつもの
自分の耳で聞いていたボクの声ではなかった。それは不安定な声だった。
とても頼りなくて情けない声だった。自分の声をタッパーに入れて(保冷状態)
8日間冷蔵庫の奥の方で保管していたのを忘れて、「しまった!」と気付いて
慌てて冷蔵庫から取り出してきた密封容器を焦りながらガバッと開けたときに
そこから聞こえてくる、鮮度の喪失した、茫然とした、あやふやな声だった。

自分で発声した自分ではないような声を聞いたら、ボクは情けなくなってきた。
これが真実だと実感したのだ。情けない自分の本性を目の当たりにしたのだ。
少し余裕があるときならそれなりに取り繕うことができるけれど、自分の本質的
なものは茫然としたあやふやな声のように酷く不安定なものだった。昔からだ。

今さらこんなことを言うのは何だけど最初から「おかしい」という気持ちはあった。
相席の彼女のことをボクは少しだけ疑っていたのだ。こんなところに有名な彼女
がいるはずがない。ここに来るはずがない。その彼女はテレビ、CMで観ていた
有名女性ではなく、まったく違うひとではないか。ただ似ているとか、ただ綺麗な
女性だとか。あるいは、そっくりさんとか。つまり、本物ではなく真っ赤な偽物では
ないのか。そういう気持ちもあったのだ。
しかし、彼女の笑顔と、優しい「こんにちは」は正真正銘の本物だった。
むしろ、ボクの発した「こんにちは」のほうが安っぽい偽物のようだった。

ボクは、出しっ放しのシャツをハンガーに掛けるようにバラバラになりそうだった
自分の気持ちを拾い集めてきて、自分自身のクローゼットに収納してみた。
それはボクが彼女に向き合うための準備であり、その為の小さな覚悟であった。


(生き方に)「ほんもの」なんてものはない。
絶対的な生き方を求め、
それに自分を賭けるってことがあるだけなんだな。
岡本太郎(芸術家、1911〜1996)『強く生きる言葉』

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冷静さを奪うもの(STAR・4)

本人達よりまわりのひとの方がより深刻に分かっていた

ボクはスターバックスで村上春樹の文庫本を読んでいた。
そこには1つのテーブルと向かい合う2つの椅子が置いてあった。
その1つに座った。ボクは「ねじまき鳥クロニエル」第2部を読んでいた。
そのときだった。こちらに向かって何かが真っ直ぐ近づいてくる気配を、
その空気の波動をボクは体感した。本から顔を上げたと同時に目の前
にあるもう1つの椅子に彼女はやさしくゆっくりと座ったのだった。

その瞬間に、その場の空気がそれまでとは明らかに一変した。劇的だった。
それは部分的とか、全体的とかいう絶対量の大小ではなくて、SMAPが檀上
から降りてAKB48がステージに上がったときのように、そこにあるすべての
空気がそっくりそのまま入れ替わる質的変化だった。つまり、彼女のまわり
にあるいつもの空気がそのまま彼女と一緒に行動を共にしているのだった。

そこには自然に洗練されたものと人工的に洗練したものが、とても優しく丁寧
に調和されていた。アコーステックギターと美しいハーモニーと、からっとした
上品なロックを融合させたCSN&YのTeach Your Children のように、肌触りの
良いソフラン仕上げのタオルのように穏やかな空気がその場所を包んでいた。

彼女がその身にまとってる優しい何かを、ボクの鼻孔は感じることができた。
それが具体的に何かということは分からないけれど、シャンプーとか化粧品の
ファンデーション、香水の類だと思った。その香りはとても優しくとても美しかった。
もしその上質な香料が香水だとしても、それは彼女自身が選んだ香水ではなく
その香水が彼女を選んでいる、その香水が彼女を求めている、あるいは彼女を
イメージして創作した香水。そう思わせるだけの一体感と説得力を感じたのだ。

ボクはそういう香料を最後に使用したのが一体いつだったのか少し考えてみた
けど思い出すことができなかった。しかし最後は忘れていても、最初に使用した
頃のことはよく覚えていた。あれは成績が右肩下がりになった中学3年生だった。
そのオーデコロン、トワレは、ブラバス・エロイカ・マンダムの国内メーカーだった。

たぶん中学3年生の1クラス(60人)に4〜8人くらいは、そういう香料を使用して
いた奴(自分を含めて)がいたと思う。その彼らの多くは、早く大人になりたいと
思い、そのための努力を人より早く始めていることに、ある種の優越感と満足感
を感じていたが、大人になるために本当に必要だったことから避けている、逃げ
ていることは、本人達よりまわりのひとの方がより深刻に分かっていたのである。

たとえばキャンデーズとピンク・レディーみたいに、資生堂か良いか、カネボウが
良いかという下らない価値判断を問いただす奴等がいた。そういう下らない連中
とは一線を画すべきだと考えたボクは、「絶対にランちゃん」という気持ちを押しと
どめて、ボクは「ジャニス・ジョップリンだ」、さも得意げに言ったものだった。
確かに彼らは下らなかったが、よく考えたら一番下らないのがボク自身だった。

まるでジャニス・ジョップリンのように、化粧品だって本場はアメリカだと思った。
上野のアメ横にある1坪くらいのお店の店員さんに「アラミス」を下さいと言うと
「お兄さん、若いのに良い趣味しているね」と褒められた。その時は嬉しかった。
しかしよく考えたら、いやそんなこと考えるまでもなく、中学3年生にアラミスの
オーデコロンが似合う訳がなかった。ロバート・レッドフォードじゃないのだから。

そしてボクは何回かアラミスを使ってみたがその反応は芳(かんば)しくなかった。
ボクは「アラミス」を求めたが、「アラミス」を使ったボクをまわりは拒絶したし、
その肝心の「アラミス」はそんなボクを完全に拒絶断絶したのだった。
中学3年生の支払った5000円(アラミス)はドブに捨てたようなものだった。


そしてボクは53歳になっていた。オーデコロン、整髪料さえ使っていない。
ところが、目の前に座った彼女はとても美しかった。
そして、その彼女からは美しくて優しくて知的な香りがしてきた。
「本当にオーデコロンが必要なのは53歳ではないか」、突然、ボクはそう思った。
そのとき、その美しい彼女の美しい口元が、何かしらの言葉を発しようとしていた。

本当に何が好きなのかを考えてみる。
誰かの意見に流されたり、
お金に縛られて判断が間違っていないか自問自答してみる。
そうやって、自分の幸せをしっかり定義しておく。
それができていないと、常に何かを求め、
何にでも手を出し、結局何も手に入らないことになりかねません。
秋元康(作詞家・放送作家、1956〜)『プロ論。』

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冷静さを奪うもの(STAR・3)

彼女の笑顔にキラキラと輝く白い歯が抜群に似合っていた

ボクが求めたこと、それは身体や精神の状態を緊張から緩めることだった。
具体的には、ゆったりする、まったりする、リラックスすることである。
休日・映画・食事・珈琲・読書、この手順について間違いはなかったと思う。
巨人の山口〜マシソン〜西村のように、ボクは豪華鉄壁な手順を踏んでいた。
休日のリラックス一次会の締めは、スターバックスで完結するはずだった。

しかし、この完璧だった休日リレー方程式はほんの一瞬で崩壊してしまった。
ある女性がスタバにやってきた。そのスタバは女性が訪れる、あるいはその
可能性がありそうな六本木とか赤坂、代官山、青山、銀座、お台場ではなくて
著名人といったらコチ亀の両さん(銅像)だけの葛飾区亀有だった。
そのスタバに彼女は突然やってきて座ったのである。そこはボクの相席だった。
彼女との相席によって、それまでのゆったりした緩和状態から、極度のガチガチ
の緊張状態に、コインを裏返したようにボクの精神状態は180度変わったのだ。

「えっ、これってマジですか!」、ボクの心はボクの狭い音域を超えた裏返った高音
で叫んだ。メニコンのコンタクトレンズの入った我が目を疑った。思わず息を飲んだ。
これは本当に現実なんだろうか。それとも悪い夢でも見ているのか。いや、これは
良い夢なのだろうか。しかし、たしかに彼女はいる。テレビで観た彼女がいるのだ。

その彼女は少し驚いた表情だったが、次に瞬間にはキンモクセイのような優しい
微笑みを浮かべていた。その美しい微笑は1メートル先のボクに向かってボール
を下からゆっくりと投げるように、とても丁寧で優しかった。 その優しさはボクの
緊張状態のいくらかを緩和させてくれたが、そのことを彼女は最初から意識
(意図)していることが、ボクにはハッキリと分かったのだ。

つまり有名人が一般人の前に突然現れたらとても驚くこと、その驚嘆に緊張感が
含まれること、それを緩和(解除)する効率的な有効な手段としてキンモクセイの
微笑みを浮かべること。彼女はすべて分かっていた。全部を理解していたのだ。

彼女の微笑みはキラキラと輝いていた。そこに真っ白いキレイな歯が輝いていた。
その白さは普通の白さというより、徹底的に追及して人工的に造りあげた完璧な
ホワイトに見受けられたが、その完璧な白い歯は彼女の笑顔に完全に調和され
ていた。それはあとからではなく、もともと最初からあったかのような自然な感じ
がした。つまり、彼女の笑顔にキラキラと輝く白い歯が抜群に似合っていたのだ。

このようにして突然、ボクは芸能人と相席になった。この状況が何を意味するのか、
彼女の微笑が何を語っているのか、それとも、何の意味もない単なる儀礼的な挨拶
なのか。あるいは、何かを意図した目的とか、企画のようなものなのか。
そこまでのことを考えるだけの精神的な余裕は、そのときのボクにはなかったのだ。

「こんにちは」と彼女は言った。「はいからさんが通る」の紅緒さんのように、その瞳
にはキレイな星が輝いていた。こんなに綺麗な女性に合ったのは53年間の人生で
初めてだった。彼女の美しさからは、何かしらの特別な優しさが感じられた。
その美しさはスーパーモデルのように何かに圧力をかけるものではなく、何かと
競い合ったり鼻にかけるようなものでもない。
ある特別な美しさと、ある特別な優しさが共存して、1つに溶け合っている。
あえて著名人に例えるなら、倍賞千恵子、オードリ・ヘップバーンだと思うのだ。

微笑も挨拶も、相手を無害化し、同時にこちらの緊張を解く。
中井久夫(精神科医、1934〜)『記憶の肖像』

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冷静さを奪うもの(STAR・2)

ボクは知っているけど、その女性はボクを知らない

映画「許されざるもの」を観たあとにフードコートでランチステーキを食べた。
紙コップのお水(無料)を食事中に1杯飲み、食後にもう1杯一気に飲んだ。
空腹と渇きが満たされると、いつものようにコーヒーが飲みたくなった。
フードコートには無料のお水(紙コップ)があるけど無料のコーヒーはない。
ちなみにグアムのフードコートには、どこにも無料のお水なんかなかった。
海外ではミネラルウォーターは有料なんだから、日本に無料コーヒーがない
ことを不満に感じるべきではない。物事は考え方次第で気分は変わるのだ。

さて有料コーヒーをどこかで飲もうと思った。マックコーヒーは100円だけど
今日はもう少し出費しても良い気分だった。それはアベノミクスというより
渡辺謙と佐藤浩一の演技効果のような気がした。何かしらの熱のような
ものを体内に感じる。これは満足感、あるいは高揚感というべきだろうか。

こういう状態のときにはお酒が飲みたくなる。もし、2〜3杯引っかけてから
歌舞伎町辺りをふらふら歩いていて、「お客さんどうでしょうか、5,000円
ポッキリ&スッキリなんていうのは如何ですか?」なんて誘われたらちょっと
やばいので、やっぱりアリオ亀有の中で有料のコーヒーにしようと思った。

そしてボクは迷わずにスタバに行った。かなりの方向音痴だけど、さすがに
3回目だから今回は大丈夫だった。もちろん、4回目は分からないけれど。
清潔感に溢れてテキパキとした女性店員さんから、ボクはキャラメルフラペ
チーノを受け取った。店内と店外は空いていた。つまり、ガラガラだった。
ボクは、どこにでも座れる。そのときボクは自由だったのだ(もう少しだけは)。
店外のオープンスペースにある銀色にピカピカに輝くスチ−ル椅子に座った。
空はどこまでも高く、青空はどこまでも優しくて、秋風はどこまでも基本に忠実
で、心地よく快適な気分に浸っていた(このあと5分くらいは)。

キャラメルフラペチーノを飲みながらボクは村上春樹の文庫本を読みだした。
そこではボクは完全な一人ぼっちだけど、だからこその完全なる自由だった。
そこにいる誰もボクを知らないし、そこにいるボクは誰のことも知らない。
誰も干渉しないし誰からも干渉されない。そこにボクがいる。それだけである。
ところが、そういう自由とか平和とか独立は、そんなに長くは続かないものだ。

はじまり、それは黒い影だった。小さくて細くて華奢な黒影が音もなく、ひたひた
と近づいてきた。その影は個体と一体になって、ボクの前席にすっと腰かけた。
その座わり方はまるで映画の一場面のように、とても美しくてエレガントだった。
何の前触れもなくエレガントに座ったその女性のことをボクは知っていた。
その女性を知っているけど、しかし、その女性はここにいるはずがなかった。
ボクは驚いて文庫本を落としそうになった。えぇ〜と言う無音の声が体内中を
駆け巡っていた。背中とお尻に無駄なチカラがぎゅ〜と入って硬くなった。

その女性をボクは知っているけど、その女性はボクを知らない、はずである。
今まで話したこともなければ、こうやって面と向かうことも初めてだった。
ボクが彼女(その女性)を知っているのは、テレビの中にいる彼女だった。
こうして現実に目の前にいることが本当なのか、これは本当に現実だろうか。


人生を完全に計画することなどできない。
突然の意外な出来事を楽しみにしよう。

ジェリー・ミンチントン(米国の自己啓発作家)

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ウォーキング日誌(29/30)・・・STOP

2013.9.21(土)
04:05〜04:55/ストレッチ・軽く筋トレ・ゆる体操
04:30〜06:20/11キロWALKINNG(上平井橋〜高砂橋)
06:55〜07:05/入浴・水シャワー

それは何故だろうか。ボクが馬鹿だからなのか。

たったの2回だったのに。正確にはあと1回で終了するはずだったのに。
春なのに〜春なのに〜、ゴメン!間違えた。秋なのに〜。
すこぶる順調に、計画通りに進んでいたウォーキング30日計画(330K)
は突然中止という大どんでん返しの結末に終ってしまった。
おいおい、ここまできたのに、どうしたんだい、なぜなの?原因は何なの?
誰だってそう思う。俺だってそう思う。だけど今となったら仕方ないんだ。
その原因はミート・グッバイ(肉離れ)。長嶋終身名誉監督の言葉である。

やっちゃった。そうです。ウォーキングと言いながら実は走っていました。
たぶん、10日程前から走っていました。調子は良かったのです。
骨折した以降では最高の状態でした。11キロウォーキングのうち、9キロ
くらいは走っていました。そして、走った翌日はトレミルで完全に歩きました。
もともとは馬鹿な人間ですから、馬鹿な行為によって馬鹿げた結果を誘因
することは理解している、つもりでした。でも、つもりじゃダメなんです。
早朝からの「ツモリ」ではなくて、お昼休みは昔から「タモリ」なんです。

「飲んだら乗るな、飲むなら乗るな」を参考にして、「走ったら歩く、歩いたら
走る」を黄金律にして徹底しました。歩く・走る・歩く・走る・歩く・そして今日
快調に走っていたときです。左ふくろはぎにぷちっ!という肉体音感を感知
しました。この無音感が何を意味しているのか、経験者はすぐ分かります。
ミート・グッバイ(肉離れ)です。これでは、もう走れません。自宅までの4キロ
の距離を脚を引きずりながら、とぼとぼとゆっくりとゆっくりと歩きました。
それは歩いたというスマートな行為ではなく、肉体を自宅まで移動させた、
というだけの作業です。
そこには後悔あり、悔しさあり、悲しみあり、残念無念あり、モハメッド・アリ。

だけど少し笑える。それは何故だろうか。ボクが馬鹿だからなのか。もちろん
それはそうだ。その通りだ。でも、それだけじゃない何かがある。
「人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇である」これ、チャップリン。

ボクは、ふくろはぎを肉離れしたのです。ランニング中です。
これって悪くない。それに、ちょっと笑える。
何故かって? だってランニング中の肉離れってランナーみたいじゃない?
ボクはランナーに近づいていたのだ。ここでまた、少し遠くなるけど・・・・・。
また良くなったら、また近づいてみようと思う。そう、悲劇の中に喜劇あり。


この世は、考える者にとっては喜劇であり、
感じる者にとっては悲劇である。
ホレス・ウォルポール(18世紀イギリスの政治家・小説家、1717〜1797)
「ホレース・マン宛の書簡」

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