KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2013年12月

冷静さを奪うもの(STAR・31)

だらしなくて情けなくて、魂を抜かれた卑しい微笑み

ぴ〜ぽ〜ぴ〜ぽ〜。大きくなる、巨大化するサイレンの音に、ボクは動揺した。
歯の噛み合せは狂ったようにガクガクして、富士山の山頂のように呼吸が突然
荒くなった。普通ではない自分に対して、もう一人の自分は愕然とした。

ボクの身体から心が逃げ出した。それは行くべき場所を失い、ゲゲゲの鬼太郎
の人魂(ひとだま)みたいに、目の前でふわふわと空中を浮遊していた。
まるで幽体離脱のように身体と精神がばらばらだ。これでは破滅ではないか。
これでは、自分が自分で無くなってしまう。このままではダメだ。逃げ出した魂を
捕まえて、自分の身体に戻さなければいけない。自分を取り戻すのだ。

ボクは自分の耳を掴んで、思いきり引っ張ってからイチ・ニイ・サンと数えてから
ぱっと指を離した。これは冷静になりたい時と眠さを我慢するときのボクの癖だ。
もちろん眠くないし、眠いわけがない。こうしてボクは、なんとか冷静になった。
まずやるべきことは、大女優さん(Aさん)の説明に対して、はっきりとノーと異を
唱えること。ぽっちゃりくんが身内(マネージャー)だからと言って、嘘までついて
かばうのは、余りにおかしいと。女優さんの前に、まず人として、あるべきだと。

そこでボクは、ある考えが浮かんだ。ことの事実説明の口火を切る前に、まず
やるべきことがある。それは自信に満ち溢れた表情を浮かべることだ。
1つだけの真実を語る顔だ。自信のないオロオロした泳いでいる目はダメだ。
言葉が本来の意味として生きるか、それとも死ぬか、説得力があるのか、嘘か。
そう胸を張れ、自信を持て。ボクは、まず大女優さんを熱く見つめようと思った。
意志と覚悟の強さについて、”目は口ほどにものを言う”ことを証明するために。

しかし相手はプロだ。演技者だ。ましてや、いまや押しも押されぬ大女優さんだ。
その大女優に仕掛けるなんて、まるで長州力にラリアットを打ち込むようなもの。
マイケル・サンデル教授と「これからの正義」について議論を挑むようなもの。
それはあまりにも無謀な行為だったが、そのときには本気でそう考えていた。

ボクは彼女を見た。彼女の口元には聡明な美しさと確固たる自信が見て取れた。
網走の流氷のように、彼女(大女優さん)は動きのある冷たい表情をしていた。
映画のスチール写真のように、それは非の打ちどころのない完璧な美しさだ。
美しい彼女と視線がぶつかった。なぜだか、彼女が少し笑っているように見えた。
えっ笑っている?その笑みは、その余裕は、その自信は一体どこからくるのか。

ダイソンの掃除機に引き寄せられるようにして、ボクは彼女の瞳に吸い込まれた。
彼女には高性能で強力な吸引力があったが、ボクは吹けば飛んでしまい、吸ったら
簡単に吸い込まれてしまう、軽々しくて馬鹿馬鹿しくて、女々しいゴミだ。

その彼女の瞳がボクに何かを求めた。彼女の瞳が、ボクに何かの暗示をかけた。
呪いをかけた。その思惑通りに、ボクは魂を抜かれてしまった。ボクは茫然とした。
この状況に愕然とした。ただ見つめるだけで、他人の魂にまで手を掛けられること
操作できること。これほどまでに女優さんとは、いや、彼女(Aさん)とは凄いのかと。
いやそんなことより、もっと深刻な現実が明らかになった。それはその程度のことで
容易に、やすやすと抜かれてしまう、低俗な魂しか持ち合わせていないことだ。
だめだ。自分がダメだ。このままでは彼女に操られる。奈落の底に・・・・・。

彼女の口角がほんの少しだけ上がると、それにつられるようにしてボクはにたっと
微笑んでしまった。直ぐにしまったと思ったが、まるで電車のドアが閉まったように
キャロル・キングのように、It's Too Late 。すっかり骨抜きにされてしまった。
そのあとに残ったのは、だらしなくて情けなくて、魂を抜かれた卑しい微笑み。

君が長生きするかどうかは、運命にかかっている。
だが、充実して生きるかどうかは、君の魂にかかっている。
ルキウス・アンナエウス・セネカ
(1世紀・古代ローマの政治家・哲学者・思想家・詩人、前4頃〜紀元65)

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冷静さを奪うもの(STAR・30)

大きな子供でも、小さな大人でも、馬鹿な親爺でも分かるように

環状七号線から聴こえてきたのは荒井由美の歌ではない。ドアのへこんだ
白いセリカ(車高が極端に低い)でもない。ピカピカの外観は白と黒の綺麗な
ツートンカラーで配色されて、その上部には短気なニワトリみたいな赤色灯
が見る者すべてを見下ろして、怒り狂ったように威嚇していた。

一見して手入れが完璧だと分かる。いつでも臨戦態勢の状態を使命と誇り
として、だれでも分かるように、だれにでも分かりやすく知らしめている。
そこにあるのは、歩み寄りや妥協の余地など寸分も許さない強固な意志を
組織的に持った、年末の氷雨のように冷たい意思表示。それはとても強くて
とても優しくて、とても冷たくて、ボクのことをぴりぴりに痺れさせた。
こんなにまで冷たく感じたのは、ボクの心が表面凍結したからである。
それはまるで、がちがちになった通行禁止のアウスバーンのようだった。

平常心を失った親爺ではなく、それを普通の子どもが見たら、それは普通
にしか見えない車である。たしかに普通に見えるが、やはり普通ではない。
普通のひとは運転することが出来ないし、そこに乗せられるような人々は、
普通のひとではないのだから。そもそもとして、乗り物を利用する理由は、
希望の場所へ早く移動する交通手段である。ららぽーと歳末バーゲンに行く
とか、苗場スキー場へ行くとか、オリジン弁当を買い行くとか。ところがその
白と黒のツートンカラーに乗せられたら、行きたい場所ではなく行きたくない
場所へ連れて行かれる。それにもっとも重要なのは、強制的であることだ。
どこの誰だって、そんな代物には乗りたくない。採決をとったら満場一致だ。

その代物からアレが聴こえる。小さな子供でも知っている。ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜。
どんどん音量が大きくなる。進撃の巨人のように。小さな子供でも分かるように。
もちろん、大きな子供でも、小さな大人でも、馬鹿げた親爺でも分かるように。
すぐそこまで来た。どこにも逃げられない断崖絶壁に、国家権力が迫ってきた。

いつもだったら何とも思わないサイレンが、ボクの心臓の鼓動を大きく速くした。
どっくん、どっくん。身体は急な発熱のようにかっと熱くなり、背中だけはまるで
インターバル走のように、ぞくぞくとした寒い悪寒が繰り返して何度も走った。
ボクは激しく動揺した。これはえらいことになった。家族の顔が脳裏に浮かんだ。
どうしよう。子どものように泣きたい。消えたい。しかし、もう逃げられなかった。
地下にもぐれないし、空を飛べないし、ハードな大脱走もできない。う〜ん・・・・・。
いや、そもそも逃げる必要がなかった。そっそうだった。おいおい、しっかりしろ。

こうなった以上は言うことは言わなければいけないし、やることはやらなければ
いけない。逃げも隠れもしない。やったことはやったこと。結果責任?もちろん。
しかし、結果(行動)には必ず原因がある。原因(起因)があるから行動がある。
行動を起こす直接の原因、目的を動機という。その動機は何か、何故なのか。

ボクはなぜ殴ったか。その前に彼はどうして殴ってきたのか。う〜ん・・・・・・。
こんなことになるのなら、最初に出した彼のパンチが当たれば良かったのに。
いや避けなければ良かった。彼がそうしたければ素直に殴られたら良かった。
その方がどんなに良かったことか。いや、それも違う。避けたのは仕方がない。
咄嗟に避けたのは思考じゃない。危険回避は生きる者の生存本能だから。

そう本質的な問題は自分だ。ボクがパンチを出さなければって、そんなことは
当然じゃないか。今となったら当たり前だ。だけど、しかし、それも条件反射。
それも分かっている。出してしまったんだ。だから、当たらなければ良かった。
だけど、当てる練習をしているんだ。いつも、いつも的を狙って打ち出すのだ。
何でそんな練習をしたのか?それがボクシング練習だから、スポーツだから。
それは違う。スポーツだったら素手で相手を殴らない。もちろん、その通りだ。
冷静になろうとするが、聴こえてくる、大きくなる。ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜

私たちは、「お金がないから」とか、「時間がないから」
という理由で、いろんなことをあきらめています。
でも、お金がなくても旅行することはできますし、
新しいことを学ぶこともできます。
大切なのは、どうしてもやりたいという情熱と、
それをする方法を思いつく想像力です。
本田健(著述家)『きっと、よくなる2』

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冷静さを奪うもの(STAR・29)

それは後からだったら、なんとでも言えるだろう。

はぁ〜はぁ〜と肩で息するぽっちゃり君、霜が張った氷のようなAさん
キツネ目で睨む警備員、遠巻きに見つめるひと、さわめく証人者たち。
前後左右が非難という名前の壁によって、ボクは完全に包囲された。
完全な四面楚歌。追い詰められて、老いてなお傲慢な袋のドブ鼠。

この窮地(包囲)から脱出するには、あとは上と下しか残っていない。
汚れたドブ鼠ではなくモグラだったら良かったのに、鳩だったら良かったのに
あるいはスティーブ・マックィーンだったら良かったのに。そんなことを考えた。
上空に目を向けた。蒼い空は申し分なかったし、白い雲は世間の常識を
兼ね備えた、とても美しい塊(かたまり)だった。それは、ボクと正反対だった。

そのときに異変が発生した。突然だった。ぐら〜ぐら〜とした揺れ、震動だ。
モグラになれないボクに地割れが発生したのか、地底へストンと落ちていくのか。
いや地震ではないし、それは40代で抜いてしまった親知らず(虫歯)でもない。
他のどこでもない、他の誰でもない。震源地はここにいる、この自分だった。

ボクの心は、ぐりとぐら(絵本)のように、ぐらぐら〜ぐりぐら〜と揺れ始めた。
いったい何が正しくて、何が間違いか。誰が正しくて、だれが間違えたのか。
何かを考えようとしても、それぞれのパーツがぐらぐらと揺れてしまい、歯車
の細部がきちっと噛み合わないので、ひとつの形に集約することが出来ない。
あるいは、本能的にそうすることを拒否していたのかもしれない。何故か?
それはきっと、集約の陰にあるものが暗黒の絶望だと感じていたからだろう。

もしかしてパート1が大女優のAさんとの遭遇だとしたら、もしかしてパート2は、
「もしかして、もしかして、わたしの他には誰か、悪いひとが、いないなら・・・・・」
そういえば小林幸子もいろいろあったし、美川憲一もいろいろあった(らしい)。
元祖歌姫の島倉千代子は、「東京だよ、おっ母さん」と「人生いろいろ」だ。

考えなければいけないことはイロイロあるが、まずは、いまの状況を考える。
ぜぇ〜ぜぇ〜しているぽっちゃまくんは、少し(かなり)怒りっぽいところはあるが
それは逆に言ったら仕事熱心な裏返しでもあると、ボクは考え直してみた。
彼は決して悪い奴ではない。だったら本当に悪い奴とは・・・・・ボクなのか?

当日の行動について、時間を遡っての仮説仮定法で検証してみよう。
まず、午前4時に起床した。いや、何もそこまで戻る必要はない。もっと先からだ。
右か左の分岐点はどこだった?そう彼が椅子から、がばっと立ち上がった瞬間だ。
彼はひとことも言わずに、いきなり殴ってきた。右のフックが顔面に近づいてきた。
パンチ自体にはスピードはなかったが、それでもあの状況で咄嗟によけられたのは
彼から視線を外さなかったこと。そして、ボクシングの練習をしていたからだろう。

もし彼の体重(100kg?)が乗ったパンチが、顔面に当たっていたら、かなりの衝撃
を受けたはずだ。それが1発だけのパンチで済んだか、その予測はつきかねる。
なぜなら彼は相当に興奮していたから。この場合は、殴られたボクは完全な被害者
になっていたはずだ。どんなに自分の言動の非を追及したところで、彼からいきなり
殴られることはしていないし、殴られるに相当すること、殴られるに値する(そういう
ものがあるとして)ことは言っていない。(それなのに、なぜ彼は殴って来たのだろう)

この場合に、つまりボクが殴られたときには、どういう事態に展開しただろうか。
国民的な女優のマネージャーが、その女優の目前で、一般人男性(自営業者53歳)
を殴打して、全治1カ月の怪我を負わた。予想される結果は、女優さんの記者会見
での謝罪はもちろんのこと、被害者と和解できるまでの芸能活動の自粛は避けられ
ないだろう。彼女の主演映画、TV、CM、スポンサー契約は果たしてどうなるのか。

このような最悪な事態を避けられたのは、ボクが彼のパンチを外したからであり、
それはつまり、ボクシング練習の成果に他ならない。しかし、本題はここからだ。
大女優(専属マネージャー)さんのスキャンダルを防いだ代償の火の粉が、今度は
一転して、こちらに降りかかってきた。パンチを避けたあとにボクは殴ってしまった。

それも、相当に強烈な一発だ。どうしてか。ボクは、なぜ殴ってしまったのか。
いま考えたら、理由はいくつかある。まずは、ボクシング練習をしていたことだ。
これは大きい問題だ。つまり、ボクシングの練習をしていたから、相手のパンチを
回避して被害者にならなかった。しかし、ボクシングの練習をしていたから、パンチ
を出してしまって加害者(だとしたら)の立場になった。カガイシャ?かがいしゃ?

ボクは思う。こういうことは、それは後からだったら、なんとでも言えるだろう。
パンチを避けてから何で殴ったのかと、おかしいじゃないかと、お前が悪いと。
それについてボクが何かを言えば、言い訳だとか、弁明だとか、自己保身だとか
そう思われる方もいる。理由はどうあれ、手を挙げたほうが悪い、結果責任だと。
それでもあえて、ボクは言いたい。1つだけ、いや2つだけは言わしてもらう。
あのとき、ボクは、興奮している彼が怖かった(だから、彼を座らせようとした)。
あのとき、あの一発は瞬間的だった(選択肢を考えている暇なんかなかった)。

暗雲のような重たい沈黙を破ったのは、テレビで聴いていた女性の声だった。
「それは間違いないです、最初に殴ったのは、絶対に、絶対に、このひとです!」
さすがは女優さんだ。艶(つや)があり、説得力があり、聞きやすくてよく通る声だ。
しかしそんなことに関心している場合ではなかった。彼女の言葉には、先場所の
日馬富士のような鋭い突っ込みがあり、ボクは一気に土俵際まで押し込まれた。

自分を責めることはけして悪いことではない。ただ、そのとき責める
内容を検証し、ポジティヴなものを見出してくれるもう一人の自分を
そばに置くといい。そうでないと、一方的に自分を責め続けて救い
のない自己嫌悪に追いやるからである。
もっと望ましいことはそういう友人がいることである。
志茂田景樹(作家・絵本作家、1940〜)本人ツイッター(2010年11月20日)より

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冷静さを奪うもの(STAR・28)

東京タワーの蝋人形のように、とても冷たくて美しい表情だった

民主主義、人権主義を掲げる超大国のプロスポーツには、ルールブック
に記載されない黄金律という能動的な規則、いわゆる暗黙の了解がある。
なにも難しくない。限定された特殊なマニアックな世界の話しでもない。
小学校1年の先生が道徳の時間に話す内容である。相手の立場になって
考えなさい、わが身をつねって人の痛さを知れ、イジメはダメなんですよ。

では、具体的に列挙してみよう。大量リードしたチームのスチール(盗塁)
三振した打者に向かって吠える、ホームランを打っての露骨なガッポーズ
などは相手への侮辱行為、侮蔑行為、あるいは挑発行為にあたる。
そしてこの暗黙の了解を破ったそのときには、尊厳を踏みにじられたと
感じた彼らは、猛然と立ち上がって、断固とした報復行動に打ってでる。

つまり、民主主義における感情表現の自由裁量は、時と場所を選択する
という制約の上に成立する。笑う門には福来る。もちろん笑うこと然りだ。
人間が幸福を感じる代表的な感情の1つは笑うことであり、それこそ我々
が目指すべきものであり、生きるための術であり、平和の象徴でもある。
ただし笑って良い場合があるのと同じで、笑っては絶対ダメな場合がある。

顔面にぶつけて(デッドボール)負傷した相手に、怒って興奮している相手に
負傷に激しく動揺している相手にボクは笑ってしまったのだ。挑発するように。
そしてそのことは、ことの当然の成り行きとしての報復行為へ展開していく。
24連勝の無敗投手から、元メジャーリーガーが報復ホームランを打ったように。

「おっお前が殴ったんだ、暴行罪で訴えてやる、おまえ〜笑っている場合か!」
寒い夏日のプール少年のように、ぷるぷると震えるぽっちゃりくんがまた怒鳴る。
ボクは、また笑いたくなったが、今度は下唇を歯で噛んで何とか我慢して言った。
「ぽっちゃりくん、嘘は泥棒の始まりだよ。ママに叱られるから正直に話そうよ。
最初に手を出してきたのは、ぽっちゃりくんだったよね、ねぇ〜そうだよねぇ?」

ぽっちゃりくんの目に困惑と焦りの色が浮かんだ。顔の中心の鼻はぐにゃっと
曲がり、そこを起点にして外側に向かって、皮膚の青黒い変色が進んでいた。
人体実験を目の当たりにしているようで、興味深くて、感動的な変化だった。
愛と感動に包まれた南アフリカの温かい満月のように、このときのボクは心が
満たされた気分だった。「ダーウィンが来た!」の最後に流れてくる平原綾香の
歌声にうっとりするように。ところが、この目の前の男(ぽっちゃりくん)ときたら
ボクとはまったく正反対の感情が、頭からプシュ〜と勢いよく吹き出していた。
それはまるで、きかんしゃ(機関車)トーマスのゴードンみたいな蒸気だった。

「なっ何を言ってるんだ、わたしが先に手を出したなんて、そんな証拠がどこに
あるんだ!」その声が震えて、頬の少しの筋肉と多くの脂肪がぴくぴくと痙攣した。

ぴくぴく、やばい。また笑いたくなった。今日のボクは、やっぱりどうかしている。
しかし、ここは我慢だ。親指と人差指を使って、耳たぶをぎゅっ〜と引っ張る。
身体のどこかの1点に強制的にぎゅっと痛みを与えて、その痛みを感じている
あいだに、頭をもたげたモグラ(モグラ叩き)という感情を素早く叩いてしまう。
あるいは蚊に刺されて、かゆくてかゆくて、とても我慢できないときの楕円形に
赤く腫れた部分に爪をぎゅっと押し付ける自傷行為のように。

「あっそう〜ショーコですかぁ、借用書なら妻名義の銀行の貸金庫にあるけど、
証人だったら、すぐ目の前のここにいるじゃないですか、そうですよねぇ〜!」
とボクは言ってから大女優Aさんを見た。そう言えばこの一連の騒動のあいだに
Aさんは何も言わないし、なにも話さない。まるで何も聞こえていないかのように。
世界遺産の日光東照宮、”見ざる・言わざる・聞かざる”のように。上州新田郡
三日月村の木枯し門次郎、”あっしには関わりのねぇことでござんす”のように。

ボクは何かしらのざらざらしたものを感じた。公園に敷いたレジャーシートの上に
砂利が乗っかったように。自転車のカゴに誰かが放り込んだ空き缶を見たように。
お吸い物のアサリを食べたときにジャリッとしたような、不快で嫌な感じがした。
Aさんは知らん顔しているのはどうしてなんだろうか、その理由をボクは考えた。
つまりAさんは大スターだから、つまり人気商売だから、トラブル回避なんだろう。
ただそのことを考えてみても、Aさんのその態度に、ボクは釈然としなかった。

何事もないかのように相変わらずスマホを操作していたAさんは、ボクが話し掛け
たときは、きょうと(京都)の舞妓さんのように、一瞬きょとんとしていた。あるいは
きょとんとした、ふりをした。しかし、すぐに事情を飲み込んだらしく、すぐに美しい
職業的微笑みを浮かべながら、「最初に殴ったのは、このひとです」と言いながら
その美しい人差し指をボクに向かって、真っ直ぐにぴんと向けた。

「えっ、ボクですか?」と不服そうにボクが言うと、アイススケートのリンクみたいな
ザクザクとした下から震えあがる冷たいものに、Aさんの表情が一瞬で変わった。
その美しい瞳の奥のほうは、まるでドライアイスのように冷たく美しく燃えていた。
それはまるで、東京タワーの蝋人形のように、とても冷たくて美しい表情だった。

しかしそれだけでは済まなかった。Aさんは、蝋人形のように無口ではなかった。
Aさんはボクに対して、打者一巡の猛攻と仕上げの満塁ホームランのような、
試合の勝敗を決定してしまう、決定的なダメ押しをした。

私たちは「怒り」と「憎しみ」を、明確に区別しなければなりません。
「怒り」には正義の心があり、正義の怒りは、人々の行動を誘い、
差別や不幸等を解決するための力となります。
「怒り」なくして状況を変えることはできません。
しかし「憎しみ」には状況を変革する力はありません。
それどころか、単なる報復の心に支配され、状況を悪化させ、
自他ともの破壊をもたらします。
ジョン・ロス(米国の哲学者)

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冷静さを奪うもの(STAR・27)

こぼれたミルクを嘆いても仕方がない

もとからの顔なのか、普段からの眼つきなのか、そこの判断はつかないが
慌てて駆け付けた警備員のひとりが、とても怖い顔をしてボクを睨みつけた。
もう一人の銀縁のメガネを掛けた平凡な顔の警備員が「大丈夫ですかぁ?」
と言いながら、顔面が血だらけのぽっちゃりくんの後ろから、脇の下に両手を
入れ持ち上げるようにして抱き起した。平凡な警備員の顔も真っ赤になった。
無益な本と無駄な雑誌がぎっしりと詰まった本棚のように、重たそうだった。

すべての批判が1つになり、その視線の全部が、ボクだけに向かってきた。
世界中の冷蔵庫を同時に開けたように、冷やっとした特別な寒さを感じた。

”ちょっ、ちょっと待ってくれよぉ、俺の話しを、俺の言い分を聞いてくれよぉ。
これは事故みたいなものだって、違う?いやそうじゃない、言い訳じゃない。
本当のことを言うから、良心に誓って真実を話すから、まずは落ち着いて。
話せば分かることだから、興奮しないで行きましょう、まずは冷静になって”

なんだか、かつての江川卓のようなことを言っているな、とボクは思った。
自分の声が、いつもの自分ではなかった。つまり、ボクは冷静ではなかった。

そのとき、ぶるぶると震える両手の血を見ていたぽっちゃりくんが怒鳴り始めた。
「このひとが、いきなり殴ってきたんだ。何もしていないのに、いきなり殴ったんだ。
この血を見てくれ、鼻が折れているんだ。警察と救急車をすぐに呼んでくれぇ〜」

どこか変なところから無理して出しているような、おかしな声だった。首をぎゅっと
締めたときの豚の悲鳴みたいだ。こんなときに笑うべきではないと分かっていたが
自制しようと思えば思うほどに、ボクは笑いたくなった。もしここで笑ったら、大晦日
の”絶対に笑ってはいけない”のように、お尻をバシン!バシン!と叩かれるかも
しれない。叩かれないかもしれない。しかしどちらにしても笑ってはいけなかった。
だけど、ダメだった。ぷっぷっ!ぶふぁ〜はっはっはっ〜ふぁ〜はっはっはっ〜。
It is no use crying over spilt milk こぼれたミルクを嘆いても仕方がない)。

「おまえっ〜何がおかしんだぁ?!」ぽっちゃりくんが発情期の豚みたいに吠えた。
短気なウサギのように目が赤く充血していて、ビア樽のような体躯が、わなわなと
震えていた。ブータンシボリアゲハ(蝶々)を目の当たりにしたような、信じられない
驚きの目でメガネの警備員がボクを見た。”こいつは何者なんだ”、と言いたそうに。

ひとしきり笑ったら肩の荷が下りたようにすっきりとして、ようやく落ち着いた。
酸素と二酸化炭素の出し入れが正常なリズムになると、ボクは冷静な親爺になる。
「ぽっちゃりくん、笑ったことはボクが悪かったよ。ごめん。だけど鏡を見てごらん。
ぽっちゃりくんのお鼻が真っ赤なお鼻のトナカイサンみたいに・・・ぶふぁはっはっ」

やっぱり今日のボクは、どこかのタガの1本か2本か、それ以上に外れていた。
まぁ、しょうがないか。こっちだって切ったら赤い血がでる生身の人間なんだから、
その日、その時のバイオリズムによって多少の浮き沈みがあるのは仕方がない。
ただしかし、それがよりによって、今日と言う日だったとは・・・・・。
これって、もしかして運命か?ベートーベンか?そんな馬鹿な!そんなバナナ!
マイナーからメジャー、まず気持ちを10秒間で切り替えよう!
か・ず・や・く・ん・が・こ・ろ・ん・だ って10秒、うん?これって洒落なんねぇ〜!
まぁ〜いいか、そうそう、そうだよ、転んだら立ち上がるんだって!


涙の分だけ、強くなれ。傷ついた分だけ、優しくなれ。
打たれた分だけ、大きくなれ。負けたくないなら、強くなれ。
転んだら何度も、立ち上がれ。「今に見てろ」と、笑ってやれ。
折原みと(少女漫画家・恋愛小説家、1964〜)「強くなれ!」

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