だらしなくて情けなくて、魂を抜かれた卑しい微笑み
ぴ〜ぽ〜ぴ〜ぽ〜。大きくなる、巨大化するサイレンの音に、ボクは動揺した。
歯の噛み合せは狂ったようにガクガクして、富士山の山頂のように呼吸が突然
荒くなった。普通ではない自分に対して、もう一人の自分は愕然とした。
ボクの身体から心が逃げ出した。それは行くべき場所を失い、ゲゲゲの鬼太郎
の人魂(ひとだま)みたいに、目の前でふわふわと空中を浮遊していた。
まるで幽体離脱のように身体と精神がばらばらだ。これでは破滅ではないか。
これでは、自分が自分で無くなってしまう。このままではダメだ。逃げ出した魂を
捕まえて、自分の身体に戻さなければいけない。自分を取り戻すのだ。
ボクは自分の耳を掴んで、思いきり引っ張ってからイチ・ニイ・サンと数えてから
ぱっと指を離した。これは冷静になりたい時と眠さを我慢するときのボクの癖だ。
もちろん眠くないし、眠いわけがない。こうしてボクは、なんとか冷静になった。
まずやるべきことは、大女優さん(Aさん)の説明に対して、はっきりとノーと異を
唱えること。ぽっちゃりくんが身内(マネージャー)だからと言って、嘘までついて
かばうのは、余りにおかしいと。女優さんの前に、まず人として、あるべきだと。
そこでボクは、ある考えが浮かんだ。ことの事実説明の口火を切る前に、まず
やるべきことがある。それは自信に満ち溢れた表情を浮かべることだ。
1つだけの真実を語る顔だ。自信のないオロオロした泳いでいる目はダメだ。
言葉が本来の意味として生きるか、それとも死ぬか、説得力があるのか、嘘か。
そう胸を張れ、自信を持て。ボクは、まず大女優さんを熱く見つめようと思った。
意志と覚悟の強さについて、”目は口ほどにものを言う”ことを証明するために。
しかし相手はプロだ。演技者だ。ましてや、いまや押しも押されぬ大女優さんだ。
その大女優に仕掛けるなんて、まるで長州力にラリアットを打ち込むようなもの。
マイケル・サンデル教授と「これからの正義」について議論を挑むようなもの。
それはあまりにも無謀な行為だったが、そのときには本気でそう考えていた。
ボクは彼女を見た。彼女の口元には聡明な美しさと確固たる自信が見て取れた。
網走の流氷のように、彼女(大女優さん)は動きのある冷たい表情をしていた。
映画のスチール写真のように、それは非の打ちどころのない完璧な美しさだ。
美しい彼女と視線がぶつかった。なぜだか、彼女が少し笑っているように見えた。
えっ笑っている?その笑みは、その余裕は、その自信は一体どこからくるのか。
ダイソンの掃除機に引き寄せられるようにして、ボクは彼女の瞳に吸い込まれた。
彼女には高性能で強力な吸引力があったが、ボクは吹けば飛んでしまい、吸ったら
簡単に吸い込まれてしまう、軽々しくて馬鹿馬鹿しくて、女々しいゴミだ。
その彼女の瞳がボクに何かを求めた。彼女の瞳が、ボクに何かの暗示をかけた。
呪いをかけた。その思惑通りに、ボクは魂を抜かれてしまった。ボクは茫然とした。
この状況に愕然とした。ただ見つめるだけで、他人の魂にまで手を掛けられること
操作できること。これほどまでに女優さんとは、いや、彼女(Aさん)とは凄いのかと。
いやそんなことより、もっと深刻な現実が明らかになった。それはその程度のことで
容易に、やすやすと抜かれてしまう、低俗な魂しか持ち合わせていないことだ。
だめだ。自分がダメだ。このままでは彼女に操られる。奈落の底に・・・・・。
彼女の口角がほんの少しだけ上がると、それにつられるようにしてボクはにたっと
微笑んでしまった。直ぐにしまったと思ったが、まるで電車のドアが閉まったように
キャロル・キングのように、It's Too Late 。すっかり骨抜きにされてしまった。
そのあとに残ったのは、だらしなくて情けなくて、魂を抜かれた卑しい微笑み。
君が長生きするかどうかは、運命にかかっている。
だが、充実して生きるかどうかは、君の魂にかかっている。
ルキウス・アンナエウス・セネカ
(1世紀・古代ローマの政治家・哲学者・思想家・詩人、前4頃〜紀元65)

ぴ〜ぽ〜ぴ〜ぽ〜。大きくなる、巨大化するサイレンの音に、ボクは動揺した。
歯の噛み合せは狂ったようにガクガクして、富士山の山頂のように呼吸が突然
荒くなった。普通ではない自分に対して、もう一人の自分は愕然とした。
ボクの身体から心が逃げ出した。それは行くべき場所を失い、ゲゲゲの鬼太郎
の人魂(ひとだま)みたいに、目の前でふわふわと空中を浮遊していた。
まるで幽体離脱のように身体と精神がばらばらだ。これでは破滅ではないか。
これでは、自分が自分で無くなってしまう。このままではダメだ。逃げ出した魂を
捕まえて、自分の身体に戻さなければいけない。自分を取り戻すのだ。
ボクは自分の耳を掴んで、思いきり引っ張ってからイチ・ニイ・サンと数えてから
ぱっと指を離した。これは冷静になりたい時と眠さを我慢するときのボクの癖だ。
もちろん眠くないし、眠いわけがない。こうしてボクは、なんとか冷静になった。
まずやるべきことは、大女優さん(Aさん)の説明に対して、はっきりとノーと異を
唱えること。ぽっちゃりくんが身内(マネージャー)だからと言って、嘘までついて
かばうのは、余りにおかしいと。女優さんの前に、まず人として、あるべきだと。
そこでボクは、ある考えが浮かんだ。ことの事実説明の口火を切る前に、まず
やるべきことがある。それは自信に満ち溢れた表情を浮かべることだ。
1つだけの真実を語る顔だ。自信のないオロオロした泳いでいる目はダメだ。
言葉が本来の意味として生きるか、それとも死ぬか、説得力があるのか、嘘か。
そう胸を張れ、自信を持て。ボクは、まず大女優さんを熱く見つめようと思った。
意志と覚悟の強さについて、”目は口ほどにものを言う”ことを証明するために。
しかし相手はプロだ。演技者だ。ましてや、いまや押しも押されぬ大女優さんだ。
その大女優に仕掛けるなんて、まるで長州力にラリアットを打ち込むようなもの。
マイケル・サンデル教授と「これからの正義」について議論を挑むようなもの。
それはあまりにも無謀な行為だったが、そのときには本気でそう考えていた。
ボクは彼女を見た。彼女の口元には聡明な美しさと確固たる自信が見て取れた。
網走の流氷のように、彼女(大女優さん)は動きのある冷たい表情をしていた。
映画のスチール写真のように、それは非の打ちどころのない完璧な美しさだ。
美しい彼女と視線がぶつかった。なぜだか、彼女が少し笑っているように見えた。
えっ笑っている?その笑みは、その余裕は、その自信は一体どこからくるのか。
ダイソンの掃除機に引き寄せられるようにして、ボクは彼女の瞳に吸い込まれた。
彼女には高性能で強力な吸引力があったが、ボクは吹けば飛んでしまい、吸ったら
簡単に吸い込まれてしまう、軽々しくて馬鹿馬鹿しくて、女々しいゴミだ。
その彼女の瞳がボクに何かを求めた。彼女の瞳が、ボクに何かの暗示をかけた。
呪いをかけた。その思惑通りに、ボクは魂を抜かれてしまった。ボクは茫然とした。
この状況に愕然とした。ただ見つめるだけで、他人の魂にまで手を掛けられること
操作できること。これほどまでに女優さんとは、いや、彼女(Aさん)とは凄いのかと。
いやそんなことより、もっと深刻な現実が明らかになった。それはその程度のことで
容易に、やすやすと抜かれてしまう、低俗な魂しか持ち合わせていないことだ。
だめだ。自分がダメだ。このままでは彼女に操られる。奈落の底に・・・・・。
彼女の口角がほんの少しだけ上がると、それにつられるようにしてボクはにたっと
微笑んでしまった。直ぐにしまったと思ったが、まるで電車のドアが閉まったように
キャロル・キングのように、It's Too Late 。すっかり骨抜きにされてしまった。
そのあとに残ったのは、だらしなくて情けなくて、魂を抜かれた卑しい微笑み。
君が長生きするかどうかは、運命にかかっている。
だが、充実して生きるかどうかは、君の魂にかかっている。
ルキウス・アンナエウス・セネカ
(1世紀・古代ローマの政治家・哲学者・思想家・詩人、前4頃〜紀元65)

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