KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2014年02月

10 days(06)

02月01日(土) REST(予定外)、左足が固い、右足が重い
02月02日(日) 5キロJog(約8’00”)/問題なし、心身すっきりする
02月03日(月) 5キロJog(約8’00”)/いい感じ、もっと走れそうだけど
02月04日(火) 6キロJog(約8’30”)/トレミル、汗びっしょりでスッキリ
02月06日(水) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、距離アップは全然OK!
02月06日(木) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、5連走だが問題なし
02月07日(金) REST(予定)、ボクシング(シャドー・サンド・ミット・筋トレ)
02月08日(土) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、REST明け、昨夜の疲れなし
02月09日(日) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、意識して設定スピード落とす
02月10日(月) 3キロJog(約8’30”)/右脚が痛くなり止める、雪かき1時間

02月11日(火) Bike26k(約60分)/臀痛の原因は雪かき1時間だろうか?
02月12日(水) 7キロJog(約8’30”)/ゆっくり走れば大丈夫、よしよしよし!
02月13日(木) 7キロJog(約8’30”)/ジョグで痛めた脚はジョグで治そう
02月14日(金) 7キロJog(約8’30”)/ジョグ大丈夫、トレミルでゆっくり走る
02月15日(土) 7キロJog(約8’30”)/ゆっくり走って身体をぎゅっと絞ろう
02月16日(日) 7キロJog(約8’30”)/疲れなし、不安なし、カネなし
02月17日(月) 7キロJog(約8’30”)/手術の無事を祈りながら6連走ジョグ
02月18日(火) REST、何もしないと言うのは、それはそれで淋しいもの
02月19日(水) 7キロJog(約8’30”)/REST明けは、いつもしっくりとしない
02月20日(木) 7キロJog(約8’30”)/ジョグ2日目、足で蹴る感じが出てくる

02月21日(金) 7キロJog(約8’30”)/うん?久し振りに左脚が硬くなる
02月22日(土)  REST/全然しっくりしない、小さな違和感が確かにある
02月23日(日)  REST/まだダメ、何かしらの違和感、まずは自重しよう
02月24日(月) 7キロJog(約8’30”)/走行中はOKだったが走後はダメ
02月25日(火) REST/昨夜は嫌な感じだったが、起床したら一変した
02月26日(水) BIKE28キロ/ジョグの不安があったのでバイクにする 
02月27日(木) 7キロJog(約8’30”)/左脚はOKだが、右脚が少し変だ
02月28日(金) 7キロJog(約8’30”)/嘘みたいに大丈夫、普通にOK牧場

累計/2/21〜2/28=ジョグ04日間028キロ・Bike1日間028キロ
反省/途中でピンチがあったが、結果的には何とか持ち直した
1月/1/01〜1/31=ジョグ22日間110キロ・Bike6日間182キロ
2月/2/01〜2/28=ジョグ20日間129キロ・Bike2日間054キロ
3月の目標/月間150キロ・調子がよかったら10キロJogに挑戦する


人生を生き抜くにあたって、自分なりのビジョンや目標を持たない人は
現状維持的な考え方や、保守的な行動をとりがちになる。
自分のビジョンや目標を持つ人は、それをなんとか達成しようとする
意思が働き、前向きの考え方をするようになる。
おのずから、行動もそれに従い、活気のある生き方ができるようになる。
将来へのビジョンを頭に思い描くことにより、生きる態度も変わってくる。
石原慎太郎(政治家、作家、1932〜)『人の心を動かす「名言」』

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大怪我を経験したボクが考えること(その5)

それでもいいわ 近頃少し 地球の男にあきたところよ

ふ〜ら〜ふ〜ら飛んでいる不安定なUFOのように、空中を彷徨って
から、目覚時計のアラームの上にボクの右手が着陸した(生きている)。
上品に仕上がったゾンビみたいな顔をして、理屈っぽいムツゴロウの
ように起き上がり、競馬ですっからかんになった53歳の親爺みたいに
しょぼしょぼと視線を落としながら、とぼとぼトイレへ歩く(生きている)。

鏡の前に立ち、前髪を左手で引っ張って右手の定規で長さを計測する。
昨夜の就寝前から比べて、0.0002mmだけ髪が伸びる(生きている)。
左手の爪の白いところが0.0000015mm長くなっている(生きている)。

ボクはいま生きている。まいにち、身体のどこかが成長している。
自覚はないけど、昨夜からボクの髪と爪は確実に伸びているのだ。
顔や体の皴(しわ)が増える。たぶん脳の皴だって少しは増えるだろう。
このところの筋トレとジョグにより、筋肉の質と大きさは向上しただろう。
しかし、ボクは考えてみた。内面的な部分の変化はどうなんだろうかと。

僕の背中は自分が 思うより正直かい?
誰かに聞かなきゃ 不安になってしまうよ (どんなときも 槇原敬之)

ボクの小さい心(器量)は自分が 思うより少しは大きくなったかい?
それとも変化なし、あるいは、ぎゅっと縮んだり小さくなっていないか
誰かに聞かなきゃ 自分で確かめなくちゃ ボクは不安になってしまうよ 

大怪我を経験してから分かったことがある。別の言い方をするならば、
あの経験(怪我)からボクがはじめて気付いたこと、気付かされたことだ。
それは........。

人は理にかなった人生の目標を心に抱き、
その達成を目指すべきである。
たとえその達成に繰り返し失敗したとしても
それを通じて身につけることのできる心の強さは、
真の成功の確かな礎(いしずえ)として機能することになる。
ジェームズ・アレン(イギリスの思想家・著述家、1864〜1912)
『考えるヒント生きるヒント』

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大怪我を経験したボクが考えること(その4)

あなたは痛みに強いですか、痛みに弱いですか?

このような二者択一の言い方をよく耳にするし、そういう言い回しをボクは
これまでに好んで使ってきたと思う。もちろんそれは期間限定(50年間?)
であり、より具体的に言えば、あの怪我をするまでだが.....。

大きくたって小さくたって、痛みの本質というものは本人にしか分からない。
身体にしろ、精神にしろ、時代を問わず、痛みとは常にそういうものだ。
追い駆けてきたトリケラトプスから逃げてきた原始人が、ごろごろした大きな
石の上にだぁ〜んと転んでしまい、その転倒の衝撃で大腿骨を骨折したこと
があったかもしれない。なかったかも知れない。あるいは、徳川の江戸時代
には、駕籠(かご)かきの雲助が凍結したところで脚をつるぅ〜どってん!と
滑らせて転んでしまい、左の鎖骨を粉砕骨折した可能性もゼロではない。

そしてここからは、単なる推測や想像ではなくて、現実という結果のリアル。
いまから3年2ヶ月と21日前、ボクは大腿骨と手首の2か所を同時に骨折する。
この骨折のときは、ポキッ、バキッ、あるいはグシャとか、そういう擬音では
なくて、幼児が思い切りシンバルを叩いたようなジ〜ンと痺れる感覚だった。
保育園のなかよし音楽会だったら自然に穏やかな笑顔になれたのにと思う。

そこの場所には、エガオの”エ”という字が存在しない異次元の世界だ。
まるで前座のような、あるいは公開番組の前説のような、ジ〜ンと痺れた感覚
が若干の余韻を残しながら退場していくと、どこからともなく、”待ってましたぁ”
と掛け声がかかり、”えぇ〜わたし、待っていましたよ”とドライアイスみたいな
焼けるように冷たい表情で、本物の恐怖、本当の痛みが、どぉ〜んと登場する。

まず胴体を固定させたままの特別なトリプルアクセルみたいに、左脚だけを
ぎゅっぶっばっきっと無理やり3回転させたような想像を突き破る超激痛だ。
次には感じたのは、”もうボクの脚はダメかもしれない”という暗闇だった。
そこは色彩のない深海の哀しみであり、光の全く届かない絶望である。

今さらではあるが、気分を害した方のために話しを最初の前段に戻そう。
一般的には、痛みに強いとひとは我慢強いとイメージがある。さらには我慢は
努力というカテゴリーに含まれるから「痛みに強い=我慢できる=努力できる」
痛みに強いひとは、それだけでイメージが良い。ただしそれは一般的な痛みで
あり、日常生活で多くのひとが頻繁に体験するような類の痛みである。

しかし、本物の恐怖と本当の痛みの前では、人間はまったくの無力になる。
震えて、怯えて、泣くだけ。ほかに出来ることは、ただ神様に祈るだけだ。
自分が情けなくて、すごく無様で、すべてが恰好悪い。もちろん、それでいい。
どうして恰好悪いと気にするのだ、恰好良くなければダメなんて誰が決めたのか。
そもそも人間の本質は、赤ちゃんを考えれば分かるように、完全に無力である。
不完全なる人間だから、ひとは完全なる無力であり、ひとは相互に支え合うのだ。

恰好良いとは、恰好の悪い人間が頑張っている状態のことをいう。
いつでも恰好いい人間はいないし、すべてに完璧な人間などは存在しない。
もし完璧な人がいるとしたら、それはそれで本当に恐ろしく不幸なことに違いない。
何故なら、その人はいったい何のために生きているのか分からないからだ。

辛いときに、痛いときに、苦しいときには、どこの誰だってみんなボロボロになる。
そういう状況になったときにしか発見できない自分の姿を、この機会にしっかりと
直視すること、そこから何かを学び取ることが、今後の人生にとても大事なのだ。

大腿骨の骨折と手首を骨折した痛みは、同じ時間にやった骨折ではあるが、
実際に体験してみると、そしてよく比較してみると、全く違う種類の痛みだった。
それはカラーライスとハヤシライスのように、別メニューなのだ。

痛みの本質というものは本人にしか分からない。


ねぇ、こうゆうふうに考えるのだめかな?
ながーいお休み。
いつも走る必要ないと思うんだよね。
あるじゃん、何やってもうまくいかないとき。
なにやってもだめなとき。
ねぇ、そういうときは神様がくれたお休みだと思ってさ。
無理に走らない、焦らない、頑張らない、自然に身を委ねる・・・。
(ドラマ『ロングバケーション』)

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10 days(05)

02月01日(土) REST(予定外)、左足が固い、右足が重い
02月02日(日) 5キロJog(約8’00”)/問題なし、心身すっきりする
02月03日(月) 5キロJog(約8’00”)/いい感じ、もっと走れそうだけど
02月04日(火) 6キロJog(約8’30”)/トレミル、汗びっしょりでスッキリ
02月06日(水) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、距離アップは全然OK!
02月06日(木) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、5連走だが問題なし
02月07日(金) REST(予定)、ボクシング(シャドー・サンド・ミット・筋トレ)
02月08日(土) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、REST明け、昨夜の疲れなし
02月09日(日) 7キロJog(約8’30”)/トレミル、意識して設定スピード落とす
02月10日(月) 3キロJog(約8’30”)/右脚が痛くなり止める、雪かき1時間

02月11日(火) Bike26k(約60分)/臀痛の原因は雪かき1時間だろうか?
02月12日(水) 7キロJog(約8’30”)/ゆっくり走れば大丈夫、よしよしよし!
02月13日(木) 7キロJog(約8’30”)/ジョグで痛めた脚はジョグで治そう
02月14日(金) 7キロJog(約8’30”)/ジョグ大丈夫、トレミルでゆっくり走る
02月15日(土) 7キロJog(約8’30”)/ゆっくり走って身体をぎゅっと絞ろう
02月16日(日) 7キロJog(約8’30”)/疲れなし、不安なし、カネなし
02月17日(月) 7キロJog(約8’30”)/手術の無事を祈りながら6連走ジョグ
02月18日(火) REST、何もしないと言うのは、それはそれで淋しいもの
02月19日(水) 7キロJog(約8’30”)/REST明けは、いつもしっくりとしない
02月20日(木) 7キロJog(約8’30”)/ジョグ2日目、足で蹴る感じが出てくる

一月/1/01〜1/31=ジョグ22日間110キロ・Bike6日間182キロ
累計/2/11〜2/20=ジョグ08日間056キロ・Bike1日間026キロ
当月/2/01〜2/20=ジョグ16日間101キロ・Bike1日間026キロ
反省/ボクは何を反省するのだろう、7キロJogが出来るようになったのに。
目標/慌てる乞食は貰いが少ない、距離に拘るな、体調を見誤るな!

人生順調な時があり、不遇な時がある。
不幸に見える時があり、幸福に見える時がある。
いずれにしても絶望する必要もなければ有頂天になる必要もない。
いつの日も光は私たちのすぐ隣にあると信じたい。
三浦綾子(昭和の小説家・エッセイスト、1922〜1999)

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大怪我を経験したボクが考えること(その3)

お願いだから、5分だけ時間を戻してくれぇ〜

それはまるで、円広志「夢想花」の歌詞のようだ。
とんで とんで とんで とんで まわって まわって まわって 曲がるぅ〜
大腿部の付け根辺りを起点にして、左脚が反対側に、ぐにゃっと曲がった。
これは普通ではない、尋常ではない。これは大変なことが発生している。
曲がらない方向に、曲がってはいけない方向に、左脚が曲がっている。
ボクの性格みたいに、性根のように、反対側に曲がっている。
絶対にあり得ないことが、悪夢として、現実として、今ここで起こっている。

「うっう〜うっ〜うわぁ〜」、声にはならない無音の悲鳴をボクはあげる。
身体の隅々から発生する気が狂ったような悲鳴と絶叫の雄叫びが、全身を
ぐちゃぐちゃに駆け巡り、すべての毛穴、すべての臓器と筋肉、すべての細胞
はヒステリックな錯乱状態に陥る。折れ曲がった大腿骨に、耐え難いショックを
受けている。身体の各部は互いに関連する仲間であるから、ひとつの部位に
異常が発生すると、他のすべてに対して一瞬で波及していくのである。
折れ曲がった脚に、鍛えた腹筋と上腕二頭筋は、なんの役にも立たない。
運転と宅建免許があるからと言って.......自力では1センチだって動けない。

うっう〜うっ〜うわぁ〜うっう〜うわぁ〜うっう〜うわぁ〜うっうっわぁぁぁぁぁぁ〜

ちょっと〜ちょっと〜待ってくれ〜頼むよ〜本当に頼むよ、今回だけで良いから
これっきりだから、神様〜神様〜神様〜お願いだから5分だけ時間を戻してぇ〜
もう悪いことしないよ!無茶はしないよ!オレ、これから真面目に生きるから〜
おっお願いだ!頼むよ、本当に頼むよ、お願しますよ、心からお願いしますよ!

えぇ〜ダメ?今頃そんなこと言ったって遅すぎる!もう手遅れなんだって?!
いや、ちょっと待ってくれって、ただ、ただ、ただボクは転んだだけなんだから〜
じゃあ〜どうして〜ねぇ〜どうしてこんなことになっちゃうの?こんな酷い目に〜
ただ走って転んだだけじゃないか、誰に迷惑を掛けた?ボクが悪いのかぁ?

はぁぁ〜あぁぁ〜はぁ〜はぁ〜はぁ〜うっうっはぁ〜ふっううっわぁぁぁぁぁぁぁ〜
イタいっ、イタいっ、イタいっ、イタいっ、痛いっ〜痛いっ〜痛いっ〜痛いっ〜

ふっううっわぁぁぁぁぁぁぁ〜イタいっイタいっ痛いっ〜痛いいいいいいいいっ〜
たったっ〜たっ〜〜〜誰かぁ〜〜〜〜〜助けてぇ〜〜〜〜助けてぇ〜〜〜〜
イタいっイタいっ痛いっ〜痛いぃぃいぃぃぃぃいっ〜誰くわぁ〜〜助けてぇ〜〜


運命は我々に幸福も不幸も与えない。
ただその材料と種子を我々に提供するだけである。
それを、それよりも強い我々の心が好きなように変えたり、用いたりする。
我々の心がそれを幸福にも不幸にもする唯一の原因であり、
支配者なのである。
モンテーニュ(16世紀フランスの思想家・哲学者、1533〜1592)

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