KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2015年04月

10 days(48)考え方を変えてみる

04月01日(水)  REST・まだまだ身体ダメ、だるくて、重くて、古くて
04月02日(木)  REST・やっと回復してきたか、長すぎた春なのか
04月03日(金)  REST・わたしの身体に活力がない、パワーがない
04月04日(土)  REST・こんなに風邪が治らないなんて、50代初だ
04月05日(日)  REST・故障した相川のように、相変わらずダメダメ
04月06日(月)  REST・鼻ズルズルは花粉症かもしれない、さてと!
04月07日(火)  REST・走らない、走れないストレス、スキッとしない
04月08日(水)  05キロJog38分・普通に走る、普通に休日、大丈夫?
04月09日(木)  REST・昨夜から頭が部分的に痛い、ほとほと困った
04月10日(金)  REST・わたしは不人気だが風邪には好かれている

04月11日(土)  05キロJog38分・かぜは大丈夫です、そろそろです
04月12日(日)  05キロJog38分・トレミルCD デビットボウイ ベスト
04月13日(月)  08キロJog60分・やっぱり、汗をかくとスッキリします
04月14日(火)  10キロJog70分・トレミルCD パートリッジファミリー
04月15日(水)  15キロJog103分・走後に頭痛発生、休日寝トホホ
04月16日(木)  REST・今日は走らない、早朝の手話とギター練習
04月17日(金)  10キロJog70分・河川敷をできるだけ芝生を中心に
04月18日(土)  REST・左足首の辺りが痛い、痛みがとれるまで
04月19日(日)  REST・歩くと痛いのは仕事や私生活でも困ります
04月20日(月)  REST・足首痛まだまだ痛い、まぁ〜しゃ〜ない

04月21日(火)  REST・走りたいけどまだ走れない、早く良くなぁ〜れ
04月22日(水)  05キロJog42分・休み過ぎると怠け者になっちゃうから
04月23日(木)  05キロJog41分・ゆっくり走りながら早く治れば良いね
04月24日(金)  05キロJog41分・芝生を走る、気分だけは殿様バッタ
04月25日(土)  10キロJog81分・10キロ走った、足首少し痛いけどOK
04月26日(日)  REST・少し走ったら少し足首が痛かったので休息日
04月27日(月)  05キロJog43分・少し痛いけど、走っていると痛くない
04月28日(火)  05キロJog43分・とっても良い天気、わたしはノー天気
04月29日(水)  03キロJog27分・ダイエット目的の高校生と一緒に走る
04月30日(木) REST・まだ足首が痛い、走りだすと無痛なんだけど

04/01〜04/10=ジョグ01日間05キロJog
04/11〜04/20=ジョグ06日間53キロJog
04/21〜04/30=ジョグ06日間38キロJog

2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)
04月ジョグ13日間096キロJog(  567K)

風邪が長引いたと思ったら、今度は足首痛が長引いている。
何をやっても上手く行かないし、何もかもが順調に推移している。
例えば、わたしの足首痛は、なかなか改善されないが、わたしの心臓は、
そこに毛が生えていることを除けば、とくに問題は見当たらないのだ。

人生をもっと価値あるものにしたければ、考え方を変えることだ。
オプラ・ウィンフリー(米国のテレビ番組司会者、タレント、女優、1954〜)

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10 days(47)ちゃんと言葉にして伝えなければ相手に伝わらない

04月01日(水)  REST・まだまだ身体ダメ、だるくて、重くて、古くて
04月02日(木)  REST・やっと回復してきたか、長すぎた春なのか
04月03日(金)  REST・わたしの身体に活力がない、パワーがない
04月04日(土)  REST・こんなに風邪が治らないなんて、50代初だ
04月05日(日)  REST・故障した相川のように、相変わらずダメダメ
04月06日(月)  REST・鼻ズルズルは花粉症かもしれない、さてと!
04月07日(火)  REST・走らない、走れないストレス、スキッとしない
04月08日(水)  05キロJog38分・普通に走る、普通に休日、大丈夫?
04月09日(木)  REST・昨夜から頭が部分的に痛い、ほとほと困った
04月10日(金)  REST・わたしは不人気だが風邪には好かれている

04月11日(土)  05キロJog38分・かぜは大丈夫です、そろそろです
04月12日(日)  05キロJog38分・トレミルCD デビットボウイ ベスト
04月13日(月)  08キロJog60分・やっぱり、汗をかくとスッキリします
04月14日(火)  10キロJog70分・トレミルCD パートリッジファミリー
04月15日(水)  15キロJog103分・走後に頭痛発生、休日寝トホホ
04月16日(木)  REST・今日は走らない、早朝の手話とギター練習
04月17日(金)  10キロJog70分・河川敷をできるだけ芝生を中心に
04月18日(土)  REST・左足首の辺りが痛い、痛みがとれるまで
04月19日(日)  REST・歩くと痛いのは仕事や私生活でも困ります
04月20日(月)  REST・足首痛まだまだ痛い、まぁ〜しゃ〜ない

04/01〜04/10=ジョグ01日間05キロJog
04/11〜04/20=ジョグ06日間53キロJog

2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)

多くの場合には、多くの自己反省と嫉妬が含まれる

わたしは、どちらかと言うと強い人間ではない。普通の人が簡単に受け
流す簡単なことでも、私は簡単にグラっとする。とくに美しい女性の真剣
な表情を目の当たりにすると、私は揺れて湘南のようにグラグラになる。

眉間にしわを寄せた高橋みなみ(AKB48)の表情は、いつもより美しくて
いつもより聡明で、いつもの彼女より、いくぶん年上の女性に見えた。
彼女は言った。”ちゃんと言葉にして伝えなければ、相手に伝わらない”
その真剣な表情と話し方は、テレビ画面(いじめをノックアウト)を通して
性別と年齢と時間と場所を飛び越えて、わたしの胸に真っ直ぐに届いた。

いじめを受けている本人が、正直な気持ちを、信頼できる誰かに伝える
ことはとっても重要だ。しかし、簡単ではない。子供だからではない。
大人だって、もうすぐ55歳だって、自分の気持ちをきちんと相手に伝える
ことは、思いのほか難しいのだ。

自己表現、自己主張は、時と場合によって、攻撃や批判の対象になる。
過去のサブスリーを自慢している、また手話のこと、偽善者ぶってる
何かと言うと、怪我をネタにしている、いちいち鼻につく奴だと.....。

わたしは、少なくても私自身は、そういう批判は受けても良いと思う。
日本の農耕社会は、豊作だからと言って一人で浮かれていると、田植え
を手伝ってくてない、日照りのときに一緒に泣いてくれない。
日本社会は、出る杭は打たれる。それはそれでいい。それがいい。
多くの批判には、多くの場合には、多くの自己反省と嫉妬が含まれる。
自己反省は自己表現を研磨する。嫉妬は更なるエネルギーに点火できる。

私は浮かれてはいけないが、わたしの個性を抑えてはいけない。

例えば、友達が転ぶ。
ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、
そのつど自分の中で作りあげていきさえすればよい。
司馬遼太郎(小説家、1923〜1996)「二十一世紀に生きる君たちへ」

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根津甚八さん、言葉がみつかりません

昨日Yahoo!JAPAN ニュースを見ていた時だった。とつぜん誰かが私の鼻奥に
鋭利な何かを突っ込んで、ぎゅ〜と締め付けた。私の感情は、ぐらぐら不規則に
ふらふら不安定になった。堰(せき)を切ったように、幼児のように、私は泣きた
かった。しかし、そんなふうに私が泣くことは、それは何か違っている、すべてが
間違っている。私は嬉しいのか、悲しいのか、そんなことさえ分からなかった。
根津さん、言葉がみつかりません。

わたしが生きている限り、あなたに逢える(映像として)ことはないと思っていた。
もう1度、あなたに逢いたいと、わたしが考えてはいけないと思っていた。
たまにしか貴方を思い出さない私が、あなたの苦しみが分かるなんて、軽々しく
安っぽく考えてはいけない。それを口に出しても、言葉にしてもいけない。
(いまも、そう思っているし、これからも、そう思っていると思う)
根津さん、まだ、言葉がみつかりません。

女が美しさに憧れるように、男はカッコよさに憧れる。あれは、私の人生において
その種の意識がもっとも高かった頃である。フランス映画「ボルサリーノ」を観たの
は、私が19〜20歳の頃だった。正統派美男子の象徴アラン・ドロンと対照的なの
のが、ジャンペ−ル・ベルモンド。彼はアラン・ドロンとは、全く違うカッコよさがある。
こわおもてだけど、タフだけど、心が優しくて、心が寂しくて、その情感をその瞳で
語ること、表現すること、魅せることができる、それがジャンペ−ル・ベルモンドと
いう男優だ。この渋くてクールで温かい男臭さに、3番橋本のホームランのように
わたしは一発で魅せられた。自分は、こっちのタイプなんだと、わたしは痛感した。

大鏡の前に立った私は、白いスリーピースを着た沢田研二が帽子をさっと投げる
”勝手にしやがれ”をそっくりそのままに真似ようとした。しかし、私の歌と、わたし
の鼻と、わたしの髪など、わたしの全てが気に入らなかった。沢田研二にしても、
アラン・ドロンにしても、4(し)の5(ご)の理屈抜きに、それはとってもカッコいい。
ただし、そのカッコ良さとは、わたしと重ねることが到底できないものだ。

わたしは、憧れの沢田研二やアラン・ドロンとは、根本的に違っている。
ジャンペ−ル・ベルモンドは、私の方向性とある種の親近感を抱かせてくれた。
しかし、いかんせんフランス人の素敵な鼻と、その高い鼻を抜けるように発する
美声は、チョンマゲをしていた日本人の私にとっては、イカダで世界一周のように
あまりにも遠すぎた。そんな時に、私の心をぎゅっと掴んだ男優が根津甚八だった。
根津さん、まだ、言葉がみつかりません。

どうして、どうしてなんだろう。どうして、私は言葉がみつからないのだろう。
わたしは、わたしの心にフタをしているのか、何かを我慢しているのだろうか。
わたしは、わたしの心を考えてみた。

年老いても良いから、昔のイメージと全く違っていてもいいから、
身体の一部に麻痺があり、身体が不自由でもいいから、それでも良いから、
それが悪いことではないのだから、そういう演技や、そういう役どころだってある
のだから、そういう生き様を魅せることもまた演技であり、それも役者という職業
だから、だから、だから、だからまた、映画やテレビに出て下さい!
とわたしは言いたいのだろうか?これがわたしの気持ち(本心)だったのか?

いや、それは違う。それは、ぜんぜん違っている。私の気持ちとは、私と他者との
状況を理解して、理解しようと努力して、想像をして、考えてみて、そういうものを
検証して、集約したものが、私の気持ち(意志、表現)となるのである。

根津さん、まだまだ、私は言葉がみつかりません。
わたしは、いったい何を言いたいのか、まだ分かりません。
でも1つだけ、わたしは、わたしの気持ちの中の1つが分かりました。

昨日から、ここに至るまで、私の気持ちの中に温かいものを感じるのです。
それは、根津さんのコメントを読んだことです。
いまの根津さんの気持ちが確認できたことです。
そして、根津さんが言うところの、終止符を打てた作品を見ることが出来ることです。

根津さん、まだまだ、わたしは、適切な言葉がみつかりません。
それでも、わたしは、私の気持ちの1部分を締めのメッセージにします。

根津さん、ありがとうございました。
根津さん、お疲れ様でした。
根津さん、映画の封切りを楽しみにしています。 佐藤和哉


■根津甚八からのコメントhttp://movie-news.jp/gonin-saga/2015/04/cast.html
自分自身が志すような演技者であることが、困難になったため、引退を決めたが、今回、石井監督自ら、自宅に来て丁寧に『どうしても手伝ってほしい、根津さんでなければ・・・』という殺し文句と『出来るか出来ないか脚本を読んで決めてほしい』という熱心な説得で、本をじっくり読んで、これなら、今の自分に出来るという気持ちがわいてきた。今迄の石井監督へ感謝の気持ちもあり、素直な気持ちで、今一度、自分自身を試してみようと思った!撮影が始まってからは、久しぶりの撮影現場の空気に気持ちが高揚して、自分はこの仕事が心底好きなんだと改めて感じた。自分の為の、セット作りも大変だったと思うのに、無理のないようにと細やかな心遣いをして、いただいた。心からの、お礼を言いたい。全ての撮影が終わった後、若い役者達が車まで追いかけてきてくれた。皆と握手をして車が見えなくなるまでずっと手を振って見送ってくれたことが忘れられない。そして完成された作品を見て素晴らしい役者達に恵まれた映画になったと心から思えた。

最後に・・石井監督でなければ、この仕事は受けなかった。自分を理解してくれ、役者としての自分を最大限に生かしてくれると無条件で信頼できる人。天が再び機会を与えてくれるものなら、仕事を続けたかった思いももちろんある。でも、監督や共演者を始め、スタッフ全員の支えがあって、やり遂げたことで、未練を捨てて、終止符を打てたと思うし、そう思える機会を与えてくれた方々に深く感謝している。

根津甚八

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10 days(46)アクセルをまったく踏まない奴

04月01日(水)  REST・まだまだ身体ダメ、だるくて、重くて、古くて
04月02日(木)  REST・やっと回復してきたか、長すぎた春なのか
04月03日(金)  REST・わたしの身体に活力がない、パワーがない
04月04日(土)  REST・こんなに風邪が治らないなんて、50代初だ
04月05日(日)  REST・故障した相川のように、相変わらずダメダメ
04月06日(月)  REST・鼻ズルズルは花粉症かもしれない、さてと!
04月07日(火)  REST・走らない、走れないストレス、スキッとしない
04月08日(水)  05キロJog38分・普通に走る、普通に休日、大丈夫?
04月09日(木)  REST・昨夜から頭が部分的に痛い、ほとほと困った
04月10日(金)  REST・わたしは不人気だが風邪には好かれている

04/01〜04/10=ジョグ01日間05キロJog

2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)

新年度が始まった。日本中の企業や学校などが、新たなスタートを切った。
シートベルトをして、前後左右を確認して、右足でアクセルを踏み込むと、
わずかながら背中が座席シートに押されて、う〜んという色っぽいエンジン
音を響かせながら、温かい景色が後ろへ後ろへと移動して行く。
こうして新年度は、新たな気持ちを胸にして、散った桜をよけるようにして、
新しい春の空気を肺に吸い込みながら、右足でアクセルをグッと踏むのだ。

ところがこの惑星には、BOSSのようにアクセルをまったく踏まない奴がいる。
ブレーキだけを踏み続ける、いつまでたっても出発できない奴がいるのだ。
そうやってスタートしなければ、そいつは、どこにも、辿りつけないのに。
へぇ〜本当にそんな奴がいるの、それっていったい、どこの誰だよって?
あ〜でもない、こ〜でもないとか、4月1日から、ちっとも走らない奴って.....
もしそんな輩がいたら、構わないのでバカヤロウ〜と蹴飛ばして下さい!

そんな偽りの拳では俺の体を打ち抜けても…俺の心を貫くことはできん
押忍!! 空手部 高木義志


osukaratebu

天使の森からの贈りもの(貴方にとっての生き甲斐)

あなたにとって生き甲斐とは?

生き甲斐を失くしている母親を、いつも心配している一人娘。
しかし、娘には娘の夢がある。これから娘は東京へ旅立つのだ。

娘から母へのアドバイスに対して、それまでは九十九里海岸の
ハマグリのように押し黙って聞いていた母親が、猛然と反論した。
母は、その肩を上げて、その肩を落とし、目を開いたり、伏し目
がちになったりしながら、じつに重苦しい胸の内を展開した。

(母親の反論)
生き甲斐だって?そんなの無くたって、あたしは生きていけるわよ。
だってそうでしょう、世の中、みんながみんな生き甲斐をもって楽しく
生きている訳ではないでしょう。ただ何となく生きて、ただ死んでいく。
そういう人だって沢山いるでしょう。あたしの場合は、こういう環境
なんだから、仕方ないじゃない。つまらない環境、つまらない人生。
そうよ、だってこれがあたしの持って生まれた運命なんだから!

突然の反論を受けた娘の表情が変わった。ショートヘアの下の
大きな目が更に大きくなり、赤くなり、斜め上にギュッと吊り上った。
余裕のないメスキツネが怒ったときの目だ。プチッと、娘がキレた。
母親に娘がキレた。娘が地元の友達と一緒に踊る地方再生ダンス
のキレとは、あきらかに種類の違うキレだった。

(娘の反論)
つまらないのは環境じゃない、お母さんが、つまらない人間なのよ!!


わたしは舞台の5列目の端に座っていた。目の前の舞台からの台詞
が吹き矢のように飛んできて、わたしの胸にグサグサと突き刺さった。
このお蔭で、私はなんども確認することになった。わたしの左胸に、
ポッカリと穴が空いていないか...。グサグサ〜ポッカリ〜グサグサ。
さらに、真っ赤に燃える火鉢のような熱い会話の応酬が続く。

(娘と友達、娘から友達への愚痴)
環境のせいにしたり、誰かのせいにしたり、何かのせいにしたり......
そんなことが問題じゃないのよ。結局は、本人にやる気が無かったら
生き甲斐なんてものは、見つからないのよ!

(娘と友達、友達から娘への反論)
確かに..そうかもしれない。でもね、そういう人に何かを気付かせて
あげるとか、キッカケを与えてるとか。そういうことは家族や、周りに
いる人の役目というか、優しさというか、そういうことなんじゃないの!

西新宿の関公協ハーモニックホール、”天使の森からの贈りもの”
という舞台を私は観ていた。(2015年4月3日(金)14:00〜15:30 )
わたしは一人で電車に乗り、ひとりで座り、ひとりで笑い、ひとりで
考えたり、一人で手を叩いたり、一人でポロポロと涙を流したりした。

わたしが貴田みどりさんの舞台を観劇するのは、これが三度目である。
わたしは、そのうちの2回は泣いている。もちろん、正確に説明するなら
最終的には、三回とも笑っているのだが。

手話を勉強している私が、貴田みどりさんにお会いするのは、少年野球
のイチロー選手への憧れと同じである。イチロー選手に褒められた少年
が高揚して 「僕は、将来メジャーを目指します」 と同じように、みどりさん
から、手話検定1級の受験を「凄いです!」と褒められた私は「手話通訳
士を目指したい!」 と手話(説明)をしたのだ。そして、天使が微笑んだ。

わたしは”天使の森”のような、みどりさんの笑顔を目の当たりにする。
満開のソメイヨシノが思わず嫉妬を感じてしまう、優美な笑顔である。
そして、わたしは思った。もっともっと、手話が上手になりたい。
こういうふうに、下の方からフツフツと湧き上がってくるのが天然温泉
であり、または、私の生き甲斐だと、わたしは思ったのだ。

総武線の各駅停車千葉行きの座席に揺られながら、わたしはスマホの
写真を確認した。みどりさんとの写真をニタニタと眺めながら、わたしは
考える。これまでの私の生き甲斐とは、あらためて、何だったのだろう?

(これまでの、わたしの生き甲斐について)
思春期のときは、大人みたいに遊ぶことだった。
サラリーマンのときは、課長島耕作みたいに出世することだった。
脱サラしたときは、ハヤブサみたいに事業を軌道に乗せることだった。
プチメタボのときは、東山紀之みたいに、身体をギュッと絞ることだった。
マラソンのときは、快速ランナーみたいに3時間切り(サブスリー)だった。

反対方向に大腿骨が折れる〜手術〜車椅子〜リハビリ〜、私は考える。
わたしは、いろいろなことを、いろいろな方向から、いろいろと、考えてみる。
これまでの私の生き甲斐は、果たして、本当に、正しかったのだろうか?
いや、その答えは明確だった。もちろん、なにも悪くない。なにも問題ない。
そのときは、そのときに、そのときの頭で、私が感じて、私が考えてきたのだ。

ただ1つ、いまの私が考えるところ(部分)がある。
これまでの私の考え(生き甲斐)は、いつも私が主体となっていたことだ。
もちろん、当然である。わたしの人生は、私が主役(主体)だから。
まず、優先順位はわたしである。いつでも表側は自分(家族等含む)である。
その上で、その後で、自分の後に、自分以外が良くなる、という順番だ。
自分さえ良ければいいとは考えないが、あくまでもスタートは、自分だった。

就職は、職種や仕事内容より、大企業で安定している(給与)ことだった。
脱サラは、従属的なサラリーマンより稼げることだった。
社会のためとか、お客様のためとか、仕事に誇りを持つとか、やりがいとか
そういうものを最初に考えて、わたしはスタート(選択)した訳ではなかった。

例えば、第三者のための募金(裏側)はするが、募金活動(表側)はしない。
ボランティア活動の後方支援(裏側)はするが、自分では(表側)やらない。
自分は裏側にいる人間だから、そういうことは表側にいる人間がやればいい。
表側と裏側を1枚の紙に置き換えたら、そこにはハッキリした線が引いてある。
わたしは、このハッキリと区分けされた線の内側にいる、安定している人間だ。
そう考えていたのだ。そういうものだと、わたしは思っていたのだ。

わたしに、ことの本質を気付かせてくれたのは、ほんの一瞬のことだった。
それは、私の意志ではなかった。わたしは転倒して、左大腿骨を骨折した。
手術〜車椅子〜リハビリ〜。わたしは、あの線の内側から外側へ行ったのだ。
いやおうなく、あっと言う間もなく、一瞬のうちに、私はあの線を越えていたのだ。

そのときになってから、その後になってから、わたしは少しづつ分かってきた。
いままで線の内側にいたこと、わたしは傍観者だったこと。いままで線の内側
から眺めていたこと。わたしは、今までは、対岸の火事だと思っていたのだ。

外側に入った私が、内側にいたときの、わたしに対して思うこと。
わたしが内側に戻ってきたときに、わたしが考えなくてはいけないこと。
これから、わたしが取り組まなければいけないこと。

これまでのように、わたしは内側にいてはいけない。
外側のことは、それが出来る人がやれば良いのだ、と考えてはいけない。
わたしは、この線の外側に行かなければいけない。
今度は、わたしの意志で行く、わたしは主体的に行動するのだ。

この想いを具現化してくれたのが、わたしと手話の出会いだった。
NHKの「みんなの手話」に出演している、貴田みどりさんとの出会いだった。

わたしは、手話学習と手話サークル(ボランティア活動含む)を通して、
こうやって線の外側に自分を置いて、わたしは楽しく活動する。
線の外側にいる人と一緒に、心を通わせることが出来る。
(外側に一歩踏み出せば、私の下手な手話でも、ろう者は喜んでくれる)
線の内側から外側に行く人(手話勉強中のひと)と価値観を共有できる。

(そして、ここからが大事なことである)
線の外側にいると、ここは線の外側ではなくて、線の内側にいることが分かる。
この線が怪しくて、あやふやなで、誤解や偏見や差別を発生させるのが分かる。
ただ現実問題としては、この線が存在するのは否定できないことだ。
しかし、この線をもっと薄くしたり、あるいはもっと見やすくしたり、線の高さを低く
する等の取り組みを立案企画、実行するのは、ほんの一部の人間だけではなく
社会全体で共有するテーマ(課題)として取り組まなければいけない。線に対して
社会はもっと自然に、もっと優しく、もっと自由に、寛容で温かくなければいけない。

いま、わたしには生き甲斐(夢、目標を含む)がいっぱいある。
たとえば、マラソンを走りたい。たとえば、手話通訳士になりたい。
マラソン、手話などの体験を題材にした小説を書きたい。

あらためて、わたしが思うことがある。
わたしの生き甲斐とは、まさしく昨日の舞台の台詞の如くである。
いろいろな場面で、いろいろな人との出会いがあり、いろいろなことがヒント
になり、キッカケとなり、アドバイスがあり、わたしは支えられてきた。
そういうことが集約されて、わたしを創ってくれた(ここを、忘れてはいけない)。

これが、このわたしの生き甲斐になっているのだ。

人間の生きがいとは、自分が誰かの役に立ち、誰かを一瞬でも
幸福に出来ると感じることに尽きると私は思います。
瀬戸内寂聴(小説家・天台宗の尼僧、1922〜)『人生道しるべ』

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