KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2015年06月

10 days(54)インパクトのある自分を表現したい

6月の練習は、ほほ計画通りだった。頭の働きはいつものことだが、体調に関する
トラブルは発生しなかった。こんなに順調に走れるなんて、それも2ヶ月連続なんて
あの怪我以降は初めてだった。

私の生活は、一日が終わるときと、一日が始まるときが、もっとも重要である。
少しだけギターを弾き、少しだけ本を読んだあと、わたしは、夜22時迄に寝る。
朝3時に起きる。ストレッチと筋トレのあと、4時過ぎから、ゆっくりと15キロ走る。
帰宅すると、ドーベルマンみたいに700mlの水をゴクゴクと飲み、初老の猿のように
バナナを1本食べる。水シャワーを全身に浴びて、午前6時45分から朝食を食べる。
午前7時から8時まで、ビデオ撮りした手話ニュース845を繰り返しみる。

その後、わたしはぐだぐだになる。疲れと睡魔に襲われて、リビングソファに横になり
15〜30分くらいは仮眠する。そして、珈琲飲みながら新聞を読んで、歯磨と寝ぐせを
直して、労働現場へ向かう。わたしは、こういう単調な生活を2ヶ月続けてきた。

これで基礎体力はついただろうか。これでマラソン練習に向かっていけるだろうか。
今からマラソンを考えるなんて、今から今年の流行語大賞を予想するようなものだ。
それは分かっているのだが、それでも愚者は、なんだかんだと考えてしまうのだ。
もし、マラソンを走るとしたら、私のタイムはどんなものだろう。

今年3月の葛飾ランフェスは1時間54分だった。これを公式(ハーフ×2+10分)にて
算出して3時間58分になる。これ、模範的なサブフォー。結構だ。結構なタイムだ。
いや、これで本当に結構なのか。私の今の練習だと、そんなものなのかな.....。

わたしは、もう少し頑張って、もう少しインパクトのある、自分を表現したい。

私は好きだから走っているんじゃない。
マラソンはただものでは終わりたくない、
という私の生き方を表現する、私に一番合った手段なんです。
マラソンはやればやっただけのものが出せる。
その道に至るドラマや自分という人間を表現できる。
私のマラソンは、私の人生そのものを表しているんです。
有森裕子(元マラソン選手、NGOハートオブゴールド代表・設立者、1966〜)

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06月01日(月)  15キロJog101分・昨日と違い、今朝ランはとても快調だった
06月02日(火)  REST・久し振りの7時間睡眠に、身体がすっきりさわやか
06月03日(水)  15キロJog104分・身体が重い、体重が減らないのは何故か
06月04日(木)  15キロJog107分(早朝) 10キロJog75分(夜間:自宅〜堀切)
06月05日(金)  05キロJog040分・起床予定5時だが、習慣で3時に目覚める
06月06日(土)  REST・よく寝たけど、20キロの鉛を飲んだように身体が重い
06月07日(日)  15キロJog110分・身体が重い理由はボクシング疲れなのだ
06月08日(月)  15キロJog101分・身体が軽い、日によってこんなに違うのか
06月09日(火)  16キロJog120分・久し振りトレミルで大汗かいて、バテバテ
06月10日(水)  20キロJog150分・自宅〜歌舞伎町ラン、串揚げ店で梅雨払

06月11日(木)  REST・予定通り、飲んだ翌朝は走れない、まったりした朝
06月12日(金)  17キロJog120分・この位の霧雨は走り易い、頭も身体も軽い
06月13日(土)  15キロJog104分・先週に比べるとボクシング疲れは軽減だ
06月14日(日)  15キロJog100分・最初は重かったが、走るほどに軽くなる
06月15日(月)  REST・走らない朝は、こんなに身体がフワフワと楽なんだ
06月16日(火)  15キロJog102分・ムシムシと蒸し暑いかった、発汗大賞だ
06月17日(水)  15キロJog110分・やや疲れているのか、身体が重いすぎ
06月18日(木)  15キロJog115分・久し振りのラン友と並走、楽しかったぁ〜
06月19日(金)  REST・目覚めたら4時過ぎだった、たまには良いだろう
06月20日(土)  朝15キロJog109分・夜間13キロJog110分(茅場町〜自宅)

06月21日(日)  02キロJog20分・昨夜は25時就寝〜今朝は6時起床だった
06月22日(月)  15キロJog102分・後半は快調に走れた、身体シャキッと!
06月23日(火)  REST・2時10分〜二度寝〜4時起床、ゆっくりしろよって
06月24日(水)  20キロJog130分・仕事休み、体調普通、だったら20キロだ
06月25日(木)  早16キロJog120分・夜9キロJog80分(自宅〜ウェルピア)
06月26日(金)  REST・24時就寝〜3時起床、習慣で目覚めてしまうのだ
06月27日(土)  16キロJog111分・高速道路の下を走る、カニも走っていた
06月28日(日)  15キロJog100分・身体が軽い、気持ち軽い、思考も軽い
06月29日(月)  16キロJog119分・昨日、机にぶつけた大腿部が痛い〜
06月30日(火) REST・本日の目標は、疲労回復とリフレッシュなのだ

06/01〜06/10=ジョグ08日間126キロJog
06/11〜06/20=ジョグ07日間120キロJog
06/11〜06/20=ジョグ07日間108キロJog

2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)
04月ジョグ13日間096キロJog(  567K)
05月ジョグ25日間339キロJog(  906K)
06月ジョグ22日間354キロJog(1260K)

あの男がやってくる

わたしの家から歩いて2分のところに、新京という中華料理屋さんがあった。
満州国の首都の名前が新京だと、私が知ったのは、ほんの数年前だった。
新京の向かいは、優しいオバサンのお肉屋さん、隣りは、いつも大きいバイク
が停まっていた、ステテコ姿のオジサンのいる大工道具屋さんだった。

バス停の手前に、園芸用品のお店があり、店内の大きな壺の中には、どす
黒い亀が数匹いた。亀は置物みたいに動かなかった。左手前の路地を
入ったところに、内科医院があった。わたしは幼稚園の頃、身体が弱かった。
いつも母に連れられて、いつも注射を打たれて、いつも私は泣いていた。

バス停の前はパン屋さんだった。赤い大きな看板に山崎パンと書かれていた。
私はモスラの幼虫みたいな形の、コロネというチョコレートパンが好きだった。

パン屋さんの前は病院だった。そこから少し先の左手に、精肉店があった。
この精肉店でハムカツを1つを買い、ソースをかけてもらい、歩きながら食べる
子供が沢山いた。その中の一人は、私だった。精肉店の隣りに銭湯があり、
路地を入ると、珠算教室があった。近くには、自動車板金工場があった。
現在は1階がセブンイレブン、2階から上は賃貸マンションに建て替わった。

通りの向かい側は、ちよっとした宴会ができる本格的な中華料理店だった。
お店のガラスケースに、空中で箸が静止している食品のサンプルがあった。
この食品サンプルは、年季が入っていたようで、全てが茶色に変色していた。
その先の角は、同級生の女子の家で、花屋さんだった。花屋さんの女の子は
私のタイプではなかったが、その女の子の字は、とても上手だった。

花屋さんのすぐ先にカメラ屋さんがあり、この2階は書道教室があった。
自慢ではないが、わたしはここで、習字4級に合格している。

向かい側に、同級生男子の製麺所があった。運動会のリレー選手を決める
競争のときに、わたしに胸の差で負けた同級生は、真剣に悔しがっていたが
その後の風の噂によると、この同級生は、関西の国立大学を卒業したらしい。

製麺所の先に自転車屋さんがあった。私が、両国の日大一中に合格したとき
このお店で5段変速、電気方向指示器の自転車を買ってもらった。嬉しかった。

さらに歩くと、左手に本屋さんがあった。西城正三が表紙のボクシング入門を
ここで買ったとき、私は小学校4年生だった。小さな小鳥屋さんがあった。
沢山の小鳥のさえずりは賑やかだったが、いつも鼻につくフンの匂いが、店内
に充満していた。店主のオジサンは、片腕が無かった。父と一緒に行ったとき
セキセイインコを買った。わたしは、ピーちゃんと名付けた。

小鳥屋さんの向かいに銭湯があった。その近くに、ある日、小さいなレコード屋
さんがオープンした。私が高校1年生のときだったと思う。このお店は、1〜2年
で閉店した。ただ1つ、わたしは、とても記憶に残っていることがある。

高校生の頃、私はラジオをよく聴いていた。オールナイトニッポン、落合恵子の
セイヤング、全米トップ40、タムタムタイム、ものもんたのワイドナンバーワン。

日曜日だった。わたしは自宅で、文化放送のポップスベスト10を聞いていた。
階段を一段毎に踏みしめるような、幻想的なイントロ(ピアノ)が聴こえてきた。
それから10分後に、私はレコード屋さんにいた。息を切らせながら、わたしは、
お目当ての2枚組LPレコードをすぐに探して、すぐに見つけて、すぐに買った。

そのレコードは、『黄昏のレンガ路』(Goodbye Yellow Brick Road)だった。

あれから、39年が経過した。あれから、紅白歌合戦は39回放送された。
美空ひばり、島倉千代子は、いなくなった。上記に記したお店のすべてが、
なくなった(閉店)。商店街という名称は残っているものの、お店の総数は、
当時の四分の一ぐらいになった。わたしには、現世では、逢うことのできない
同級生が何人かいる。孫が何人かいる、そういう同級生も何人かいる。

わたしは、46歳から走り始めた。50歳で大怪我をした。そしてまた走り始めた。
50歳から習い始めたギター、最初に練習した曲は「your song」だった。

今年の10〜11月になると、いろいろと楽しみな予定がある。
手話検定試験1級、手賀沼エコマラソン(ハーフ)、貴田みどりさんの手話講師
(手話サークル)。11月は、つくばマラソン(予定)で5年ぶりのマラソンを走る。
文字通りの復活を懸けた”つくばマラソン”、その4日前に、あの男がやってくる。

私が初めてレコードを買ったのは39年前だが、それ以前の45年前から、
あの男は歌い続けている。あの男は45年前から世界中を飛び回っている。

あの男が歌い続けるように、風の中の火のように(Candle in the Wind)
わたしは、わたしの夢と目標に向かって、これからも走り続けたい。

 
"Sir" ELTON JOHN AND HIS BAND、来日公演が決定!
【公演日・会場・開場/開演時間】
2015年11月18日(水) 横浜アリーナ18:00 open/19:00 start

How wonderful life is while you're in the world
そう、君がいるだけでこの世界は何て素晴らしいんだろうって
Elton John - Your Song)
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残夏-1945- 舞台稽古の感想として

サイン アート プロジェクト.アジアン主催 
10周年記念公演 残夏-1945-http://www.sapazn.jp/ 舞台稽古
日程: 6月20日(土) 時間: 18:30〜21:10すぎ
場所: こりっちスタジオ3F(日比谷線 茅場町駅から徒歩8分)

(舞台稽古の感想として、わたしが考えたこと)

あの戦争について、私たちは忘れてはいけない。
あの戦争について、私たちは伝えなければいけない。

戦後70年でも、戦後100年でも、なにも変わらない。同じである。
そういう考えを持っている人がいる。これまでも、これからも大勢いる。
(その大勢の中に、僭越ながら、わたしも含まれる)

例えばテレビ、映画、小説、ドキュメント、舞台、資料館、講演会、等々。
(以降、戦争を伝えたい人を「表現者」と称する)
表現者は、あの戦争を表現することに、強烈なジレンマを感じている。
朝から晩まで、人によっては夜から朝まで、一日中スマホを放さない人、
好きな情報だけを選択して、興味のないことは簡単に排除する人たち。
こういう多くの現代人に対して、どうやって、どういう方法で、70年前の、
あの戦争を伝えたらいいのか。これを表現者は考える。

たとえば6月23日付の読売新聞に、70年前の沖縄戦の記事があった。
発行部数日本一の読売新聞を読んでいる人は、日本中に沢山いるだろう。
しかし実際には、この記事の大きい見出しを見ただけで、これは辛い記事
だから、自分が辛くなるから読みたくない、とスルーする大勢の人たち。
多くの人は70年前の沖縄戦より、今夜の”ラッスンゴレライ”を選択する。

こういうのは仕方がない。時代が違うのだ。時代が変わったのだ。
先人の苦労を知れ、日本人として、と言ったところで、それだけのことだ。

そこが問題ではない。この問題、ここの課題は、表現者による表現方法だ。
戦争の正しい情報を発信すれば、万人に受け入れられる訳ではない。
入口を入りやすくして、敷居を低くして、とっつき易くしなければいけない。
表現することは、つまり発信力なのだ。

あの戦争を現代人に表現する場合に、孫から祖父、祖母へ、2世代を
遡る手法がある。お爺ちゃん、お婆ちゃんの時代は、どうだったのだろう、
である。映画「永遠のゼロ」、「小さいおうち」は、この手法である。

そこで、残夏-1945- である。

この舞台は、”孫から親、祖父母”、だけではない。
戦争のこと、広島と長崎の原爆のこと、それだけではない。

耳が聴こえない、という人達の気持ちを、現在の問題として、戦時中の問題
として、家族の問題として、社会問題として表現している。そして何より一番
重要なのは、このような問題の根幹にあるのが、”人間の心の問題”、と表現
していることだ。

ストーリーの展開は、とても分かりやすく、とても自然である。舞台という巨大な
地球儀の世界に、わたしは一気に引き込まれていく。そこでは、わたし達と同じ
生活があり、当たり前の日常がある。些細なことで怒り、ちょっとしたことで笑い
避けられない現実と逃避する現実がある。

思わず吹き出す場面がある。笑う場面は、思う存分に、心から笑わせてくれる。
まず、スポンジの余分な水分をギュと絞って、わたしの心を軽くしてくれる。
そうすると、出演者の皆さんの熱演が、こころの表現が、魂の表現が、わたしの
心に、静かに優しく沁みてくる。

戦争で負った名誉の負傷だから、この脚の傷は俺のせいじゃないよな!
そうだったら、隣りの夫婦が耳が聴こえないのは、あの夫婦のせいか?
違うだろ? 俺の脚と、あの夫婦の耳が聴こえないのは同じなんだよ!


スタートからラストまで、私は笑って、多くを考えて、ハンカチを目にあてた。
月並みな言い方だけど..........わたしは、本当に感動した。

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サインアートプロジェクト.アジアン
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東京公演:7月9日(木)〜12日(日)、座・高円寺2
広島公演:7月18日(土)、 広島市東区民文化センター大ホール
長崎公演:7月25日(土)、長崎市チトセピアホール

残夏-1945- 舞台稽古(舞台見学アフター◆

サイン アート プロジェクト.アジアン主催 
10周年記念公演 残夏-1945-http://www.sapazn.jp/ 舞台稽古
日程: 6月20日(土) 時間: 18:30〜21:10すぎ
場所: こりっちスタジオ3F(日比谷線 茅場町駅から徒歩8分)

(舞台見学アフター◆
 6月20日、午後9時半に近づいていた。こりっちスタジオを後にした
総勢20人位の人たちは、いくつかの小集団になり、茅場町駅近くの
居酒屋さんへ向かって、永代通りを縦に長く歩いてた。

わたしは同じ見学者5人と一緒に、舞台稽古の感想や出演者のこと、
手話や住所について、おしゃべりをしながら歩いていた。他の見学者
の皆さんと私は、2時間前に初めて、お会いしたが(初対面)、2日前
から知っていた人のように、ある種の親近感を感じていた。

私はその朝15疏ったが、少しも疲れていなかった。ゴルフ場を歩く
ように足元がフワフワした。念の為に、私は永代通りの道路を確認した。
カチカチのアスファルトだった。フワフワの芝生ではなかった。

それから、ものの数分でお店に着いた。出演者等の皆さんは、席に
座わり始めた。しかし、見学者のわたし達は、どこに座ったら良いのか
分からずに、戸惑いと遠慮が交錯して、慌てたアヒルの集団みたいに
キョロキョロしていた。

そんな時だった。私は、座っていた貴田みどりさんと視線があった。
「ここに座って」と、みどりさんがゼスチャー(手話)してくれた。わたしを
含めた見学者の皆さんは、それぞれ座った。わたしの席は、すぐ隣りに
宮崎陽介さん(倉田さん役)、正面は、手話検定試験1級を目指している
女性の見学者さん、斜め前は、みどりさん(結さん役)だった。わたしは、
ガッツポーズしたくなったが、そこは我慢して、何とか思い留まった。

わたしは生ビールを飲んだ。このあと、私は自宅まで13疏って帰る。
だから、一杯だけのつもりだった。これは、世界中の酒飲みが、酒を飲む
前に口にする、普遍的な決まり文句だ。結局のところ、私は生ビールを
2杯とハイボールの合計3杯飲んでから、自宅までの13舛1時間50分
を要して、走って帰ることになった。

わたしは走りながら、ニヤニヤしていた。お酒を飲んで走る苦痛なんて、
まったく感じなかった。あの宴席を思い出しただけで、身体がフワフワした。
まるで夢のような時間だった。舞台のことを話したり、手話のことを話した。
他にも、何かを話した。もちろん手話で。そして、写真も撮ってもらった。

午後10時45分、わたしは皆さんに対して、下手な手話で挨拶をした。
「今日は、ありがとうございました。楽しかったです。本番が楽しみです」
30〜40の目は、一斉に私を見た。その瞳の全ては、優しくて、温かくて、
そして嬉しそうに、まるでダイヤモンドのようにキラキラと輝いていた。

貴田みどりさんが、「舞台を観にくる日はいつですか?」と尋ねてくれた。
わたしは、「7月10日、午後2時です」という簡単な手話を、とてもスムーズ
に表現したつもりだった。しかし実際は「午後22時(2指を曲げてしまった)」
となっていた。これはビールでも、ハイボールのせい(原因)でもなかった。
私は嬉し過ぎて、楽し過ぎて、指先までの神経が正しく反応しなかったのだ。

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『残夏-1945-』特設ページ:http://www.sapazn.jp/zanka.html
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東京公演:7月9日(木)〜12日(日)、座・高円寺2
広島公演:7月18日(土)、 広島市東区民文化センター大ホール
長崎公演:7月25日(土)、長崎市チトセピアホール

残夏-1945- 舞台稽古(舞台見学アフター 

サイン アート プロジェクト.アジアン主催 
10周年記念公演 残夏-1945-http://www.sapazn.jp/ 舞台稽古
日程: 6月20日(土) 時間: 18:30〜21:10すぎ
場所: こりっちスタジオ3F(日比谷線 茅場町駅から徒歩8分)

(舞台見学アフター 
午後7時から始まった、残夏-1945- 通し稽古が終わった。
私は額の汗を拭きながら、両目の水分をハンドタオルに吸収させた。
デジタル時計は21:10を表示していた。予定時間は大幅にオーバー
だった。わたしは、みどりさんに挨拶したら、すぐに帰ろうと思った。

貴田みどりさんは、ダンスステップを踏むように軽やかに歩いてきた。
赤道小町のように、私はドキッとした。みどりさんの白いポロシャツ、
いつの間にか変わっていた。黒いノースリーブに代わっていた。
横浜そごうのマネキン人形のように細い首の回りには、白い真珠の
ネックレスがあった。その真珠は、その瞳のように美しくて、妖艶に、
上品に輝いていた。何を着たところで、まるで似合わない男性もいる。
なんでもかんでも、すべてが似合ってしまう女性もいるのだ。

私は下手な手話を駆使しながら、舞台の感想をみどりさんに伝えた。
本番さながらの通し舞台稽古だった。みどりさんにも会った。わたしの
心は満たされた。これ以上はない、これで終わり、老兵は消えゆくのだ。

そのときだった。主催者側から、とっても驚きの申し出があった。
この私に対して、「この舞台に一緒に出ませんか」、という出演オファー
ではなかったが、それと同じくらい衝撃の申し出だった。

「お時間のある人は(見学者に対して)これから飲みに行きましょう!」
今年に起こったことの大半は忘れているが、わたしにとって今年一番
の驚きだった。

みどりさんは微笑みながら、わたしの予定(意志)を尋ねてきた。
「この後に、佐藤さんは、飲みに行かれますか、帰りますか?」

私は自宅まで走って帰る予定だったが、そんなことはどうでも良かった。
いままで私は、さんざん走ってきた。これからも、これまで以上に走る。
明日も走るのだ。走ることは、いつでも出来る。しかし、貴田みどりさん
他の皆さんと一緒に飲める機会は、100年に1回あるか、ないかだろう。
私が迷う理由なんてものは、たとえ逆立ちしても(できないけど)、私の
身体から出てこないのだ。(続く)

みどりさん

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東京公演:7月9日(木)〜12日(日)、座・高円寺2
広島公演:7月18日(土)、 広島市東区民文化センター大ホール
長崎公演:7月25日(土)、長崎市チトセピアホール

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