KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

2016年02月

10 days(77)故障を誘因する危険な練習

規則正しく、几帳面な日本の季節

いまは、たったの2舛靴走れない。こんな距離では、わたし走っています!
なんて言えない。そして、こういう走れないときに限って、よく訊かれるのだ。
「いつも、毎日、あさ4時から、走っているんだって、本当に凄いね〜!?」

こういう状態(事態)に陥った原因について、私は大いに反省をしている。
政治家の弁明とは違い、わたしの故障原因は具体的で、ハッキリしている。

この原因は、1月の故障明けのジョック不足にも係わらず、スピード練習(20
102'51"(5'08"))を強行したことだ。この無謀な練習の成果として、今月のハーフ
と6年振りフルマラソンを一発で吹っ飛ばしてくれた。まるでレインメーカーのように、
見事な破壊力だ。推定距離として、およそ6ヶ月先まで、わたしを吹っ飛ばした。

飛んで火に入る夏の虫。これこそ、まさに自己責任、まさに自業自得に他ならない。
いままで何度か経験した、故障を誘因する危険な練習を、わたしは、またしても、
やってしまった。やらかしたのだ。ハイリスク ノーリターン、ノータリン(脳足りん)。

さて、過去から現在へ、そして未来へ、規則正しく、几帳面な日本の季節。
桜が咲いたら、わたしはまた、ゆるいジョックを始める。今度は、絶対に、慎重に、
石橋を叩いて、触って、歩いて、走って、三か月間、きっちりとジョックを続ける。

そして、今春の不戦敗として、この落とし前として、わたしの完全復活として
考えている場所は........、もちろん、千葉県K市と、そして、茨城県のT市である。

いま、出来ないことは考えない。しかし、出来ることは、しっかりとやる。
たとえそれが、2舛任△譟筋トレであれ、手話であれ、楽器であれ、読書であれ。

今日という日を、今という時間を、しっかりと考えて、しっかりと噛みしめて.....。

いまを生きようと決意したら、どれほど人生が変わるか、きっとびっくり
なさるでしょう。
考え方が変わると、体内の化学作用も変化するのです。
経験や期待がひとを変えます。
笑ったり、愛したり、遊んだりしていると、心配したり、絶望したり、
恐れたりしているときにくらべて身体は変化するのです。
バーニー・シーゲル(米国の医師・外科医、講演家、1932〜)

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2月01日(月)  0644'・道路の些細な凹凸に敏感に反応する、まだだ
2月02日(火)  0752'・1舛世運ばしてみる、とくに問題はないけど?
2月03日(水)  REST・2日続けると少し違和感、まだまだ慎重に走ろう
2月04日(木)  0750'・6時スタート、夜明けを全身で感じながらGood
2月05日(金)  0961'・まぁまぁ悪くない。あしたは10舛膨戦しよう!
2月06日(土)  1172'・大丈夫だ、少し身体が軽くなった、またコツコツ
2月07日(日)  1172'・昨日と変わらない、そんなに疲労、違和感ない
2月08日(月)  1382'・あっ、そうそうこの感じだ、手ごたえを感じた!
2月09日(火)  REST・休む時はちゃんと休まないといけない、また明日
2月10日(水)  21125'・脚は問題なし、身体はバテたけど、これでいい

2月11日(木)  20125・2日続けたけど大丈夫、またコツコツやろう!
2月12日(金)  REST・走っていると走らない日も大切になってくるのだ
2月13日(土)  1067'・身体が重たいのは前夜ボクシングの疲労残?
2月14日(日)  REST・昨晩は夕飯後に、身体がやたらと重くて参った
2月15日(月)  20120・前半は脚重くてダメ、後半は一転して快調に
2月16日(火)  746・昨日の疲れもなく良い調子、あしたは20舛?
2月17日(水)  20102'51"(5'08")・ふくろはぎ、やっちまったようだ
2月18日(木)  REST・しばらく歩くと大丈夫。歩き始めの違和感は?
2月19日(金)  REST・肉離れではない、全体的な炎症、1週間くらい
2月20日(土)  REST・この3日間あまり改善はないようだ、辛抱期間

2月21日(日)  REST・痛みは少し軽減、普通に歩くのは大丈夫です
2月22日(月)  REST・また少し痛くなる、まだまだ完治日数を要する
2月23日(火)  REST・やっぱりコツコツやらないといけない、段階踏
2月24日(水)  REST・回復の兆候なし、歩いただけでもちょっと痛い
2月25日(木)  REST・一週間経過しても、まだまだダメなのは何故?
2月26日(金)  REST・酒場(青砥)まで往復8訴發〜深酒〜午前様
2月27日(土)  216・少しだけ走ったけど、状態は?様子見ながら
2月28日(日)  216・たったの2舛世韻鼻季節の変わり目を感じて
2月29日(月)  REST・ふくろはぎの奥の方が痛硬い、もう少しかかる

2/01〜2/10=ジョグ8日間85キロJog
2/11〜2/20=ジョグ5日間77キロJog
2/21〜2/29=ジョグ2日間04キロJog

2016年
01月ジョグ14日間165キロJog(165K)
02月ジョグ15日間166キロJog(331K)

2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)
04月ジョグ13日間096キロJog(  567K)
05月ジョグ25日間339キロJog(  906K)
06月ジョグ22日間354キロJog(1260K)
07月ジョグ19日間312キロJog(1572K)
08月ジョグ20日間322キロJog(1894K)
09月ジョグ17日間233キロJog(2127K)
10月ジョグ23日間358キロJog(2485K)
11月ジョグ23日間379キロJog(2864K)
12月ジョグ23日間382キロJog(3246K)

10 days(76)今日がどういう日なのか、分かっていたんでしょ

言い訳ではなく、結果論ではなく、挑戦する意味とか....

ポカン、と口を開けたまま、妻は数秒間静止した。まるでビデオを止めた
ようだった。そして、少しだけ頭が動いた。わたしの顔を、いぶかしげに、
覗き込んだ。害は無いが役に立たない珍しい生き物を見ているように。

「ねぇねぇ、今日がどういう日なのか、分かっていたんでしょ」と妻は言った。
「分かっていたのに、どうして....」 ここで妻の言葉が途切れたが、わたしと
妻のあいだに、”どうして?”という重たい空気が、そのまま浮遊していた。

その浮遊物を消すために、わたしが口を開こうとしたとき、妻はくるりと背中を
反転させた。そして、冷蔵庫の下の冷凍庫から、KIHACHIのケーキを買った
時の茶色い保冷剤を2つ取りだした。その保冷剤を、妻はタオルで巻いてから
私に無言で手渡した。わたしは、それを、左脚のふくろはぎに当てた。

「ねぇねぇ、どうしてなの!」 罪人を咎(とが)めるハリネズミのように、ギスギス
としたトゲのある声だった。

2016年2月17日(水)午後7時から9時まで、私は手話講習会の合同修了式に
出席する。ただし、そこに行って、ただ出席すれば済む、という話ではなかった。

この修了式において、わたしは総勢100名が見つめる壇上に立ち、代表者に
よる手話スピーチをするのだ。黒いスーツ、グレーのネクタイ、胸ポケットには
グレーのハンカチをのぞかせる。きのうの夜に磨いた皮靴は、黒豆みたいに、
ピカピカに、眩しく光り輝いている。報道スターションのキャスターのように。

そういう特別な日(合同修了式)に、私はいつもと同じ朝のように、いつもと同じ
河川敷を走った。ただ、いつもと少しだけ違ったことは、いつもより、少し速く走る
ポイント練習だった。

ランナーには説明するまでもないが、ポイント練習とは、レースへ向けて、練習の
強度を上げる、負荷の強い追い込み練習である。わたしはここまで、体調面(脚)
の不安があった。3月の申し込んだ2つのレース(ハーフ、フルマラソン)について
先月の故障のために、わたしは半分は諦めていたが、残りの半分は何とかしたい
という未練があった。この未練が、私に、突発的なポイント練習へと駆り立てた。

今後の日程を考えると、どうしてもここで、このタイミングにおいて、ポイント練習
をやってみたい、やっておきたい、やりたかった。もし、このポイントが目標通りに
無事に出来たら、来週は更に強度を上げて、再来週は更に・・・・。

私は自信があった。しかしそれと同じくらい、あるいは、それ以上の不安もあった。
一か八かというギャンブラーの気持ちだった。もちろん、結果について発生する
事態について、全てのリスクと結果は、甘んじて引き受けるつもり(覚悟)だった。
やらないで後悔するより、やって成功するか、やって失敗(後悔)しようと思った。

私は、ガーミンアスリート(GPS腕時計)を、5’30”×20繊糞離)に設定した。
午前6時の河川敷に地球温暖化の兆候はなく、この時期らしく肌寒かったが、
風は強くなく、雨の心配はなく、雪の心配もなく、心配することは皆無だった。
ただし、わたしの体調面を除いてだが...。

わたしは黒タイツの上に、青いアシックスの短パンを重ねて履いていた。白い
キャップ、黒いサングラス、白いウインドブレーカー。わたしはトイレのあとに、
河川敷のベンチ横にある水道水を、少し口に含んだ。

東の空にポッカリ浮かんだオレンジ色の太陽は、わたしの気持ちを静めてくれた。
わたしは、オレンジ光線に向かって、手袋をつけたまま手を合せた。そこから30m
歩いて、木根川橋の真下で、いったん立ち止まった。

ガーミンのスタートボタンを、人差し指で強く押した。タイマー表示のスタートを
確認した私は、北側へ向かって、やや前傾姿勢を意識して、走りだした。

わたしのランニングは、最初の5舛泙任蓮△舛辰箸盂擇靴なかった。何かを引きずり
ながら走っているような重たさがあり、身体がちゃんと動いていない感覚だった。
しかしそれから、スピードと外気(呼吸)に身体が徐々に慣れてきたら、それまでは
点火せずに、くすぶっていたエネルギーが、突然メラメラと効率よく赤く燃え始めた。

身体が勝手に動き出したときのランニングは、セーラー服と機関銃のように、快感
である。なーんだ、最初はちょっと不安だったけど、これ(5’30”×20繊砲らいは
楽勝じゃないか!と私は思った。しかし、この感情は、私の大きな勘違いだった。

異変は、忘れた頃にやってくる。そのことに、わたしが気が付いたのは、四ツ木の
18礎賄世世辰拭左足のふくろはぎは、鉛のように重くなってきた。あと2舛世辰拭
わたしは左脚を気にしないようにして、走り続けたが、19舛砲覆辰燭箸海蹐如△海
以上は無視できない、無理できない状態(重い)になっていた。

わたしは帰宅して、保冷剤で脚を冷やしたが、普通に歩くのは難しかった。

大切な合同修了式の日に、それも代表手話スピーチという大役があるのに、
貴方は、どうして歩行困難になるようなハードな練習を、しなくてはいけないの?

この妻の疑問に対して、わたしは、自分の気持ちを丁寧に説明しようと思った。
言い訳ではなく、結果論ではなく、挑戦する意味とか、目標へのアプローチとか
自分との向き合い方とか、そういうものを一つひとつ説明しようと思った。

自分が考えていることを相手に分かりやすく説明する、意志疎通は大事だ。
そう考えて、わたしが妻を見た時、妻はいつになく真剣な表情をしていた。
リモコンを押しながら、テレビ画面を観ながら、嵐とSMAPの番組を予約していた。

その様子を見た時、わたしは躊躇した。わたしは考えた。分かり合える努力は
もちろん必要だが、分かり合えない状況を受け入れることも、ときに必要なのだ。

なぜ、今日という日に走ったのか? 結局、私は妻に説明をしなかった。

人間の行為の原因は通常、我々があとになってするその説明よりも
はるかに複雑で多様であり、あいまいさなく明確である場合はまれだ。
ドストエフスキー(19世紀ロシアの小説家・思想家、1821〜1881)『白痴』

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2月01日(月)  0644'・道路の些細な凹凸に敏感に反応する、まだだ
2月02日(火)  0752'・1舛世運ばしてみる、とくに問題はないけど?
2月03日(水)  REST・2日続けると少し違和感、まだまだ慎重に走ろう
2月04日(木)  0750'・6時スタート、夜明けを全身で感じながらGood
2月05日(金)  0961'・まぁまぁ悪くない。あしたは10舛膨戦しよう!
2月06日(土)  1172'・大丈夫だ、少し身体が軽くなった、またコツコツ
2月07日(日)  1172'・昨日と変わらない、そんなに疲労、違和感ない
2月08日(月)  1382'・あっ、そうそうこの感じだ、手ごたえを感じた!
2月09日(火)  REST・休む時はちゃんと休まないといけない、また明日
2月10日(水)  21125'・脚は問題なし、身体はバテたけど、これでいい

2月11日(木)  20125・2日続けたけど大丈夫、またコツコツやろう!
2月12日(金)  REST・走っていると走らない日も大切になってくるのだ
2月13日(土)  1067'・身体が重たいのは前夜ボクシングの疲労残?
2月14日(日)  REST・昨晩は夕飯後に、身体がやたらと重くて参った
2月15日(月)  20120・前半は脚重くてダメ、後半は一転して快調に
2月16日(火)  746・昨日の疲れもなく良い調子、あしたは20舛?
2月17日(水)  20102'51"(5'08")・ふくろはぎ、やっちまったようだ
2月18日(木)  REST・しばらく歩くと大丈夫。歩き始めの違和感は?
2月19日(金)  REST・肉離れではない、全体的な炎症、1週間くらい
2月20日(土)  REST・この3日間あまり改善はないようだ、辛抱期間

2/01〜2/10=ジョグ8日間85キロJog
2/11〜2/20=ジョグ5日間77キロJog

2016年
01月ジョグ14日間165キロJog(  165K)
2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)
04月ジョグ13日間096キロJog(  567K)
05月ジョグ25日間339キロJog(  906K)
06月ジョグ22日間354キロJog(1260K)
07月ジョグ19日間312キロJog(1572K)
08月ジョグ20日間322キロJog(1894K)
09月ジョグ17日間233キロJog(2127K)
10月ジョグ23日間358キロJog(2485K)
11月ジョグ23日間379キロJog(2864K)
12月ジョグ23日間382キロJog(3246K)

国立能楽堂(その4)

セブンイレブンと、ドーナツ屋さんのドーナツが違う程度だが...

新宿駅から総武中央線の千葉行きに乗車した。2つ目の千駄ヶ谷駅で下車した。
いままでに千駄ヶ谷駅で乗り降りした経験があったのか、それとも初めてなのか
少し考えてみたが、少しも思い出せなかった。これ以上考えても、仕方がない。
これは安全保障に関する問題ではないし、わたしは防衛大臣でもないのだ。

わたしの頭は、閉店セール中のコンビニのように、いろいろと不足している。
だから、もっともっと、この足りない頭を使うべきだろう。しかしその一方では、
ただでさえ足りない、この頭を使い過ぎたら、さらに足りなくなってしまうのだ。

わたしが千駄ヶ谷駅の改札口を出たとき、先程の新宿とは、些細ではあるが、
何かしらの異なる空気を感じた。それは、セブンイレブンのドーナツと、ドーナツ
屋さんのドーナツが違う程度ではあるのだが...。

私は駅前にあった、こ洒落れたカフェに入った。歩道に面したところに、オープン
テラス席があった。そこで女性は、削り過ぎた鉛筆のように細いメンソール煙草
をうっとりした表情で吸っていた。ここは、先に注文と会計を済ませて頼んだもの
を自分でトレイに乗せる、スタバと同じセルフサービスの店だった。

私は、トレイの飲み物をこぼさないように、おっかなびっくり歩いて、空いている
テーブルにトレイを置き、ダウンを脱いで、肩掛けバックを外して、座席に座った。

そこでサラダランチを食べて、エスプレッソと追加の珈琲を飲みながら、太平洋
戦争時に、ミンドロ島で俘虜になった文庫本を、眉間に皴を寄せながら少しだけ
読んだ。いや、少ししか読めなかった。

わたしの隣りに座ったサラリーマン二人は、ひっきりなしに電話をしたり、電話が
かかってきたり、立ったり座ったり、また職場の誰かの陰口を熱く語り合っていた。
そんなことは、馬耳東風の如く無視すれば済む話しだが、わたしは耳障りに感じて
しまい、あまり気が進まず、あまり読書が進まなかった。

わたしは午後1時間30分を、スマホで確認した。メールとラインを確認してみたが
何の受信もなかった。営業宣伝メールや迷惑ラインもなかった。世間は、わたし
という人間に、なんの関心もないのだ。私は、そのことを再確認しただけだった。
無言で、無表情で、立ち上がり、わたしは歩いて、お店をそろっと出て行った。

そこで千駄ヶ谷にある空気を肺に深く吸い込んだ。わたしは、また歩き出した。
総武線沿いにあるアフリカ像が集団行進が出来そうな広い道路の広い歩道を
5分ほど歩き、その先の信号を左折したら、その斜め正面に国立能楽堂があった。

どことなく、ふわふわして、わくわくしていた。わたしは、あきらかに高揚していた。
これから、人生初めての狂言をみるからだ。私の前を歩いていた人たちは、強力
な磁力に吸い込まれるようにして、国立能楽堂へ吸収されていった。その流れに
乗って、わたしも吸収された。

明治以降外国に負けまいと振り返る余裕がありませんでした。
これからは古い歴史を振り返り、伝統や歴史を見直して
いかなければなりません。
自分の国の伝統や芸術に誇りを
もたないで育った子供はどうなりますか。
そのために必要なことは義務教育で国語をしっかり教えることです。
瀬戸内寂聴(小説家・天台宗の尼僧、1922〜)新聞のコーナー「新世紀を語る」より

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10 days(75)中山法華経寺の荒行のように

水のないプールのように、ただ空っぽになっていた

大丈夫.....かもしれない。私は、これから走ることが出来るかもしれない。

新年早々から不調が続いた懸念の左脚は、わたしの鼻がズルズルする
季節になって、ようやく回復の兆し、手ごたえ、足ごたえを、感じはじめた。

昨日、わたしは早朝の河川敷を南へ向かって走った。東京湾の突き当りを
折り返すと、待ち構えていた北風は、わたしの身体を好き勝手にもて遊んだ。
荒い呼吸で上平井橋まで戻ったわたしは、左手のガーミンを確認した。1ヵ月
振りの21疏だ。わたしは、修行僧のようにげっそりした顔で、にやついた。

帰宅して、風呂に入った。納豆玉子ご飯、味噌汁、ヨーグルト、低脂肪牛乳を
かけたグラノーラに食べた。手話のDVDを30分見た。珈琲をブラックで2杯飲
みながら、温めた焼き芋を食べながら、テーブルに広げた読売新聞を読みな
がら、私は空っぽな頭と、空っぽな瞳と、そして水のないプールのように、私の
全部が空っぽになっていた。

いつもは私はここで時計を頻繁に確認する。職場へ行くために腰を上げるためだ。
しかし、今日は休みだった。わたしはギターの練習をしようと考えた。ビリージョエル
のオネスティ。しかし、練習はできなかった。そういう気持ちになれなかった。
空き地に放置された自転車のように、わたしは、くたくただった。

この疲れについて考えるとき、わたしが考えるべきことは、原因ではなくて目的だ。
私がマラソンを走るため、完全復活するために必要なことは、練習して疲労しない
こと、そして、練習して疲労すること。身体にしろ、頭にしろ、自分自身に自分の意志
で負荷をかけることで、ひとは、はじめて成長するのである。

わたしは、にやついた。中山法華経寺の荒行のように、げっそりと疲れた顔で。

人生が困難なのではない。あなたが人生を困難にしているのだ。
人生は極めてシンプルである。
アルフレッド・アドラー(オーストリア生まれの心理学者・医師、1870〜1937)

20151009-アドラー

2月01日(月)  0644'・道路の些細な凹凸に敏感に反応する、まだだ
2月02日(火)  0752'・1舛世運ばしてみる、とくに問題はないけど?
2月03日(水)  REST・2日続けると少し違和感、まだまだ慎重に走ろう
2月04日(木)  0750'・6時スタート、夜明けを全身で感じながらGood
2月05日(金)  0961'・まぁまぁ悪くない。あしたは10舛膨戦しよう!
2月06日(土)  1172'・大丈夫だ、少し身体が軽くなった、またコツコツ
2月07日(日)  1172'・昨日と変わらない、そんなに疲労、違和感ない
2月08日(月)  1382'・あっ、そうそうこの感じだ、手ごたえを感じた!
2月09日(火)   REST・休む時はちゃんと休まないといけない、また明日
2月10日(水)  21125'・脚は問題なし、身体はバテたけど、これでいい

2/01〜2/10=ジョグ8日間85キロJog

2016年
01月ジョグ14日間165キロJog(  165K)
2015年
01月ジョグ18日間188キロJog(  188K)
02月ジョグ17日間147キロJog(  335K)
03月ジョグ16日間136キロJog(  471K)
04月ジョグ13日間096キロJog(  567K)
05月ジョグ25日間339キロJog(  906K)
06月ジョグ22日間354キロJog(1260K)
07月ジョグ19日間312キロJog(1572K)
08月ジョグ20日間322キロJog(1894K)
09月ジョグ17日間233キロJog(2127K)
10月ジョグ23日間358キロJog(2485K)
11月ジョグ23日間379キロJog(2864K)
12月ジョグ23日間382キロJog(3246K)

国立能楽堂(その3)

屈折したスターダスト(星くず)とは真逆の笑顔を浮かべていた

(ガストの女性店員は、寝ていた男性客の肩を揺すり、お会計を促した)

わたしが午前9時にお店を出るとき、店員に肩を揺すられた男性は、まだ店内に
いた。寝ていなかった。店内に置いてある読売新聞を、自分のテーブル上に大きく
広げて読んでいた。あるいは、読んでいるフリをしていたのかもしれないが。

男性は、まだ会計をしていなかった。わたしは、その後の経過と結論がどうなるか、
気になった。しかし、わたしは、これ以上ガストにいない。男性がガストに長く留まる
事情があるように、わたしは、ガストを正味30分で退店しなければいけない事情が
あった。大人には、人それぞれ、いろいろな事情があるのだ。会計を済ませた私は、
ふたたび新宿の靖国通りに出た。

私は少し歩いて、すぐに止まった。横断歩道の信号が青に変わる。わたしは左右に
首を振り、車が止まったことを確認する。そして歩いて、新宿ピカデリーに入った。

デヴィッド・ボウイの映画は朝一(9:10)上映にもかかわらず、そこそこ混んでいた。
約2時間の上映が終わるとき、わたしは先ほどまで気にかけていたガストの男性の
ことは、先週の仕事や昨夜の夕飯と同じように、きれいさっぱりに忘れていた。

わたしは映画の余韻に浸っていた。朝のランニングのように、心地よい満足感が
広がっていた。しかし、それと同時に、何かに例えようのない、ある種のもどかしさ
も同時に感じていた。原因は、そう、あのラストシーンだった。

最期の場面のイギリス人女性は、英国風紅茶のパッケージみたいにメイクアップ
された美顔の上に、屈折した星屑(スターダスト)とは真逆の笑顔を浮かべていた。

女性は映画を観ていた私に向かってウインクをした。そして自信たっぷりに言った。
「今後のデヴィッド・ボウイの新しいアルバム、そして活動が、とっても楽しみですね」

映画が始まってから、私は、いつの間にか、映画の世界を単純に楽しんでいた。
しかし、その女性の、その一言によって、わたしは一気に現実に戻された。

わたしが生まれたときに、すでにデヴィッド・ボウイは、この地球に存在していた。
この映画が完成したときに、この地球に、デヴィッド・ボウイは存在していた。
わたしは、いまのところは、紙屑のように軽い存在ではあるが、この地球に存在
している。しかし今、この世界に、この地球に、デヴィッド・ボウイはいないのだ。

私は歩いて新宿駅へ戻った。そして千葉行きの総武中央線に乗り、空いている
座席に座り、座ったまま代々木駅を無視して、次の千駄ヶ谷駅で下車した。

今の世の中って、余りにも沢山の情報が溢れてる。本当なら何が
適切なものなのか選択して生活の中に取り入れていくべきなのに、
それが不可能になってるよ。それを解決するには、僕達がもっと
シンプルな生活スタイルに戻らなくちゃいけない。
デヴィッド・ボウイ


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