7年振りのフルマラソンを走る 練習計画
◎56歳 ◎171cm 61k ◎7月377�� 8月530�� 9月510��
��09/07(水)→30�繊�7‘00“)
結果 30��=3時間16分56秒(6‘34“)ラン直後57.5k
��09/14(水)→30�繊�6‘30“)
結果 30��=2時間56分48秒(5‘53“)ラン直後57.6k
��09/21(水)→30�繊�6‘00“)◎体重59k
結果 30��=2時間44分09秒(5‘28“)ラン直後58.0k
��09/28(水)→30�繊�5‘45“)
結果 30��=2時間47分25秒(5‘35“)ラン直後57.0k
��10/05(水)→30�繊�5‘30“)
結果 30��=DNS
��10/12(水)→30�繊�5‘15“)
結果 30��=2時間25分23秒(4‘51“)ラン直後56.9k
��10/19(水)→30�繊�4‘55“)◎体重57k
結果 30��=2時間27分44秒(4‘55“)ラン直後56.8k
��10/26(水)→05�繊�4‘20“)・・・10�舛�ら5�舛吠儿�
結果 05��=22分42秒(4‘32“)
��10/30(日)→21�繊�4‘20“)☆手賀沼ハーフマラソン
結果 21��=1時間47分33秒(5‘04“)
523(5分23秒)434、436、449、446(5k)、441、447、459、503、501(10K)
506、507、500、516、503、504、519、520、526、524、520(21K)
もう走りたくない.....
自転車に乗り、ペダルをこぐだけの些細な動きでさえ、左足はわたしの脳に
連続的に苦痛を送りつけるのだ。これでは、つくばマラソンは走れやしない。
わたしが走り始めたのは46歳だった。それから、どんどん、面白いように
変わった。早寝早起きになった。健康になった。前向きになった。甘い果実
を知ったし、同時に苦しみや悔しさを知った。たったの4ヵ月だがサブスリー
になった。骨折や車椅子生活を経験した。ボクシングとギターを始めた。
手話通訳の取得のため、毎日の勉強は欠かさなくなった。目標があり、
夢があり、そして沢山の出会いがあり、少なからず私を成長させてくれた。
そう考えたら、こういうキッカケを享受してくれたマラソンに対して、わたしは
もっと真摯にならなければいけない。特に怪我のことを考えたら、走ることに
感謝の気持ちを欠いてはダメだ。それは、そこは、よく分かっているのだが..。
もう走りたくない。昨日のハーフで、わたしは完全に打ちのめされてしまった。
Nボックスの後部座席で着替えているときだった。わたしの頭は、ガンガンと
ズキズキと痛かった。右足首は鈍痛、左足は曲がらない。ただただ愕然とした。
レース結果はともかく、この程度のランに、どうしてこんなにダメージがあるのだ。
ゼッケン番号をランシャツから外して、手賀沼の冊子と一緒にまとめて、それを
コンビニの燃えるゴミボックスに放り投げた(Tシャツは50円でバザーに出品する)。
どうして、どうして、どうして。そうか、そういうことだったか。この状況は、マラソンが
わたしのすべて、わたしの全人格を否定しているのだ。そういうことだろう。
結果には原因がある。10/12の30�繊�4’51”)までは、ほぼ順調だったはずだ。
あれから、わたしの何かが、少しづつ狂い始めた。歯車が噛み合わなくなった。
距離と強度を落として、身体の芯に溜まっている(かもしれない)疲労を除去さえ
すれば、かならず回復するだろう。そのつもりで、「ヤッホー」とひと声かければ、
ヤマビコのように、わたしの体調は元通りに戻ってくるはずだった。
しかし、調子は悪かった。ゆるい数キロジョックでも、調子の悪さは明白だった。
ただ、それをあえて意識しないようにしてきた。これは精神的なものだ。きっと、
本番になったら、大丈夫だ。多少のミスはあったが、これまでの練習は間違って
いないはずだ。わたしは、そう思いたかった。信じたかった。
スタート地点へ歩いているときに、他のランナーの足が、わたしのアシックスを
体重をかけて踏んだ。真っ白いターサーは、茶色く変色した。スタートを待つ間
屈伸をしようとしたが、その動きを途中で止めた。止めざるをえなかった。左脚が
曲がらなかった。おいおい、冗談はよしてくれよ。ことこの期に及んで、どうして、
こういう状態になるんだ。これって、どう考えても、おかしいだろう。
スタートしても、身体は反応しない。わたしにひじ打ちをして抜かしていくランナー
も何人かいた。やれやれ。いつでも、闘志なきものは、やられっぱなしなのだ。
マラソンは、わたしを奈落の底まで、古井戸の底まで、落ち込ませた。客観的に
考えたら、これはこれで凄いことだと思う。巨人戦を見なくなり、借金生活に慣れ
恋愛をしないわたしが、人の生き死を除いて、こんなにまで深く落ち込ませるのは
マラソンだけだろう。
そして、同時に忘れてはいけないことがある。そんなマラソンではあるが、たまには
であるのだが、ときにわたしを、理屈抜きに肯定してくれるのだ。

��10/31(月)→20�繊�6‘50“)◎体重56k
��11/02(水)→10�繊�7‘30“)
��11/09(水)→20�繊�4‘30“)
��11/16(水)→05�繊�4‘15“)◎体重57k
��11/20(日)→42�繊�4‘30“)☆つくばマラソン(体重58k)
◎56歳 ◎171cm 61k ◎7月377�� 8月530�� 9月510��
��09/07(水)→30�繊�7‘00“)
結果 30��=3時間16分56秒(6‘34“)ラン直後57.5k
��09/14(水)→30�繊�6‘30“)
結果 30��=2時間56分48秒(5‘53“)ラン直後57.6k
��09/21(水)→30�繊�6‘00“)◎体重59k
結果 30��=2時間44分09秒(5‘28“)ラン直後58.0k
��09/28(水)→30�繊�5‘45“)
結果 30��=2時間47分25秒(5‘35“)ラン直後57.0k
��10/05(水)→30�繊�5‘30“)
結果 30��=DNS
��10/12(水)→30�繊�5‘15“)
結果 30��=2時間25分23秒(4‘51“)ラン直後56.9k
��10/19(水)→30�繊�4‘55“)◎体重57k
結果 30��=2時間27分44秒(4‘55“)ラン直後56.8k
��10/26(水)→05�繊�4‘20“)・・・10�舛�ら5�舛吠儿�
結果 05��=22分42秒(4‘32“)
��10/30(日)→21�繊�4‘20“)☆手賀沼ハーフマラソン
結果 21��=1時間47分33秒(5‘04“)
523(5分23秒)434、436、449、446(5k)、441、447、459、503、501(10K)
506、507、500、516、503、504、519、520、526、524、520(21K)
もう走りたくない.....
自転車に乗り、ペダルをこぐだけの些細な動きでさえ、左足はわたしの脳に
連続的に苦痛を送りつけるのだ。これでは、つくばマラソンは走れやしない。
わたしが走り始めたのは46歳だった。それから、どんどん、面白いように
変わった。早寝早起きになった。健康になった。前向きになった。甘い果実
を知ったし、同時に苦しみや悔しさを知った。たったの4ヵ月だがサブスリー
になった。骨折や車椅子生活を経験した。ボクシングとギターを始めた。
手話通訳の取得のため、毎日の勉強は欠かさなくなった。目標があり、
夢があり、そして沢山の出会いがあり、少なからず私を成長させてくれた。
そう考えたら、こういうキッカケを享受してくれたマラソンに対して、わたしは
もっと真摯にならなければいけない。特に怪我のことを考えたら、走ることに
感謝の気持ちを欠いてはダメだ。それは、そこは、よく分かっているのだが..。
もう走りたくない。昨日のハーフで、わたしは完全に打ちのめされてしまった。
Nボックスの後部座席で着替えているときだった。わたしの頭は、ガンガンと
ズキズキと痛かった。右足首は鈍痛、左足は曲がらない。ただただ愕然とした。
レース結果はともかく、この程度のランに、どうしてこんなにダメージがあるのだ。
ゼッケン番号をランシャツから外して、手賀沼の冊子と一緒にまとめて、それを
コンビニの燃えるゴミボックスに放り投げた(Tシャツは50円でバザーに出品する)。
どうして、どうして、どうして。そうか、そういうことだったか。この状況は、マラソンが
わたしのすべて、わたしの全人格を否定しているのだ。そういうことだろう。
結果には原因がある。10/12の30�繊�4’51”)までは、ほぼ順調だったはずだ。
あれから、わたしの何かが、少しづつ狂い始めた。歯車が噛み合わなくなった。
距離と強度を落として、身体の芯に溜まっている(かもしれない)疲労を除去さえ
すれば、かならず回復するだろう。そのつもりで、「ヤッホー」とひと声かければ、
ヤマビコのように、わたしの体調は元通りに戻ってくるはずだった。
しかし、調子は悪かった。ゆるい数キロジョックでも、調子の悪さは明白だった。
ただ、それをあえて意識しないようにしてきた。これは精神的なものだ。きっと、
本番になったら、大丈夫だ。多少のミスはあったが、これまでの練習は間違って
いないはずだ。わたしは、そう思いたかった。信じたかった。
スタート地点へ歩いているときに、他のランナーの足が、わたしのアシックスを
体重をかけて踏んだ。真っ白いターサーは、茶色く変色した。スタートを待つ間
屈伸をしようとしたが、その動きを途中で止めた。止めざるをえなかった。左脚が
曲がらなかった。おいおい、冗談はよしてくれよ。ことこの期に及んで、どうして、
こういう状態になるんだ。これって、どう考えても、おかしいだろう。
スタートしても、身体は反応しない。わたしにひじ打ちをして抜かしていくランナー
も何人かいた。やれやれ。いつでも、闘志なきものは、やられっぱなしなのだ。
マラソンは、わたしを奈落の底まで、古井戸の底まで、落ち込ませた。客観的に
考えたら、これはこれで凄いことだと思う。巨人戦を見なくなり、借金生活に慣れ
恋愛をしないわたしが、人の生き死を除いて、こんなにまで深く落ち込ませるのは
マラソンだけだろう。
そして、同時に忘れてはいけないことがある。そんなマラソンではあるが、たまには
であるのだが、ときにわたしを、理屈抜きに肯定してくれるのだ。

��10/31(月)→20�繊�6‘50“)◎体重56k
��11/02(水)→10�繊�7‘30“)
��11/09(水)→20�繊�4‘30“)
��11/16(水)→05�繊�4‘15“)◎体重57k
��11/20(日)→42�繊�4‘30“)☆つくばマラソン(体重58k)
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