13時予備校の恋(プロローグ)

この私小説を書く理由は2つある。1つはモノ書きとして
の腕を上げたい。もう1つは彼女への「ありがとう」だ。

彼女と出会っていなかったら、私の人生はどうなっていた
のか。いや、それは私の勝手な言い分かもしれない。もし
彼女がこの小説(もどき)を読んだら、こう言うだろう。

「あなたの気持ちはよく分かったわ。でもね

“ありがとう”の前に“ごめんなさい”が先よ()



 

13時予備校の恋

彼女との始まりは授業が終わった後だった。いつものように
最後尾に座るわたしの周りには、そのとき誰もいなかった。

私の前とその前と、その前のテーブルと椅子は空いていた。

つまり、後ろ3列だけが真空地帯、非武装地帯みたいに平和で
無人で、静寂で、間が抜けてポッカリしていた。わたしの頭も
またポッカリして、スカスカだった。

予備校というところは、どこでも同じなのだ。ヤル気のある生徒
は教室の前に座り、ヤル気のない生徒は出来るだけ後ろに座る。

前席に座れば先生と視線がぶつかる。そこで先生の熱量を感じる。
緊張感が発生する。先生のエネルギーを受け止める。隣なりの人
も同じように前のめりに授業を受ける。真剣にノートに書き込む。
前列、前席の人たちは「来年は絶対に合格するわ!」と思うのだ。

ところが後ろ座席の生徒は、前席とは真逆になる。後ろ向きな
気持ちは、その姿勢、その態度、その座る席に、顕著に現れる。

それはちょっとしたことだ。例えば今日は寒いとか、眠いとか
電車の中で靴を踏まれたとか、熱湯を入れた赤いキツネをテー
ブルにぶちまけたとか、どうでもいいことに、あるいは、どう
でもいいことを理由にして、すぐに気持ちが折れてしまう。

気持ちの目盛が下がると予備校は遠のき次第に欠席が多くなる。

彼らは授業の代わりに喫茶店で煙草を吸い、パチンコ屋で小遣
いを巻き上げられ、公園で拾ったエロ本を読みながら、ワンカ
ップ大関を飲み、大人の悪しき習慣だけを真面目に学び、青春
の有意義な時間を無意味に浪費するのである。

彼等はみんな同じことを言う。「分かっている。勉強しなけれ
ばいけないことは分かっている。でも今は精神的スランプで
勉強が手につかないのだ。もう少ししたら….やるよ!」


スランプ365日。その結果として、櫛の歯が抜け落ちた
ように、予備校の後ろ席はスカスカになっていくのである。

彼女はいつも前の席、わたしはいつも後ろの席か、喫茶店か
セブンスター、お酒、居眠り、インベーダーゲームだった。

私たちは、大学受験に失敗した浪人生(予備校生)だった。
いや、私たちと言う主語は適切ではない。

クラスには志望校を高く目標に掲げて頑張った結果の浪人生
もいたが、ろくに勉強もせず、ただ働きたくない、専門学校
は嫌だ、とりあえず大学に行ってプラプラ、チャラチャラ遊
びたいという現実逃避型、つまり私のようなやる気のない手
合いもいた。多くはないが、決して少なくもなかった。


4
月から私が予備校に通い始めて、既に5か月が過ぎていた。
(通ったという動詞の過去形が正しいかどうかは別として)

馬鹿みたに暑かった夏は終わりに近づき、怠け者の浪人生
の耳にコオロギの合唱が、首元には秋風が吹き始めていた。

9月のある日、いつもの教室には、いつも出席する人はいた
が、いつも欠席する人はいなかった。ときどき休むわたしは
出席していた。

その日の彼女は前から2番目に座っていた。ほとんどいつも
2列目の真ん中に座った。そこがまるで、東京ドームの年間
シートを購入したかのように、我が物顔で堂々と座っていた。

彼女のサラサラした黒髪は肩に届くか届かないか、夏色の
ナンシーの早見優のように、頭部には天使の輪が輝いていた。
早見優より可愛くなかったが、早見優より彼女は美人だった。