2017.3.18(土)総武線各駅停車 千葉行き

わたしの正面に三人座席があり、そこに三人が座っていた。
三人は手話を使っている。三人はろう者(聴こえない人)。
その正面の座席の右端に、わたしはひっそりと座っていた。
息を潜めて、自分の正体を隠そうとする不審者のように。

わたしは唇の端を噛み、ひとしきり三人の手話を見た。

三人は、目まぐるしく手は動き、表情は変化し、身体の向きは
小刻みに揺れていた。その表情は楽しそうに見えたし、真剣
そうにも見えた。三人のろう者は、何かのために(目的)、どこ
かへ行くために(場所)、この電車に乗車した(手段)のは間違
いないだろう、というのが、わたしの見立て(推測)だった。

車内をぐるりと見回した。その三人を見ていたのは私だけだ。
そこのだれ一人として、三人のろう者に関心を寄せていない。

ほとんどの人は、わたしが大好きとは言えないスマホ画面
に穴を空ける為の尖った視線を、せっせと突き刺していた。
しかし、スマホは傷つかない。消耗、損傷、劣化、酷使に
より支障をきたすのは、スマホではなくて眼球のほうだ。

文庫本を読んでいるひとは、一人もいなかった。あるいは
スマホの電子書籍を読んでいたのかもしれない。どちらに
しろ、わたしを含めて、そこにいる人たちの多くは、慎重さ
と配慮と礼節に欠けた顔だった。「東北のほうで良かった」
と言った前復興大臣のように。

条例で読書感想文を書くことを強硬採決したら、気を失うか
気がふれてしまうか、すべてを投げ捨て無人島に移住した
ほうがマシだと主張しかねない面々だった。心配無用だ。
日本には意外と無人島が多いらしい。

となり同士の席で肩を寄せてコソコソ相談中の男女がいた。
おそらくは、銀行強盗の企てでもしているのだろう。映画
「明日に向かって撃て」をレンタルしたのかもしれない。
(できたら「ロッキー」あたりにして欲しかったが)

その男女の様子は、その会話内容に関わらず、豊かな表情
とは言えない代物だった。温かくなく、冷たくなく、美味しく
なく不味くない、すべてが中途半端なコーンスープのように。

口をヘの字にして目を閉じている男は、寝ているように見えた。
人生の苦難を逆怨みしているようにも見えた。ゲーム機の操作
に夢中の男の子は、将来の日本を任せられる人材として推薦
するには、いささかの不安を覚えた。

わたしが見回した車内は、ところどころに微妙な温度差が
生じていた。それは窓際だからとか、通気口に近いなどの
理由ではない。乗車した人の体温、体脂肪、年齢、年収
でもない。温度差は、実際に測定するまでもないし、測定
できるものでもない。ではいったい、それは何だろう。

わたしは腐敗中の頭を2回叩いた。温度差について考えた。
回答のない問題(難解な難問)の回答を、わたしは考えた。
活字として表現するのは、なかなかの困難だったが....。

人間にとって話すとは、会話するとは、どういうことで(趣旨)
なんのためで(目的)、そこに何を望む(期待)のだろう.......。
結果はともかくとして、わたしはそれをやってみた。

温度差の正体とは、その人の表現力であり、
その人の気持ちであり、その人の優しさである。
表現力の一部は表情であり、同時に、その大部分でもある。

昨夜の夕飯の問いに対して、答えに窮するだけでない。
何かにつけて鈍いわたしではあるが、その温度差はだけは
はっきりと分かった。自信を持って答えられた。

三人のろう者の座席、そこだけは、ほんわりと温かいのだ。
鳩が卵を温めている、あの木屑の温かさだった。

そこで、あらためて考える。そして、新たな疑問が湧いてくる。

あなたは「ありがとう」という言葉を使っているだろうか。
あなたは「ありがとう」というとき、あなたの顔は
「ありがとう」という表情をしているのだろうか...。

わたしたちの会話に、果たして、本当に、本心の
心模様を、その顔の表情に現れているのだろうか?
また、しっかりと表しているのだろうか.....。

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