2017.3.18(土)総武線各駅停車 千葉行き

三人のろう者に、話しかけよう(手話)とした。

三人の手話を見ながら、いまか、いまかと話しかけるタイミ
ングを計った。くるくる回る大縄跳びに飛ぶ込む(入る)よう
に、最初の入りが肝心だ。最初にスっと入る。あとはタイミン
グを合わせる。無駄な力は入れず、焦らずに、リラックスしな
がら軽くジャンプ。1〜2〜3〜ぴっよん〜1〜2〜3〜ぴっよん。

しかし三人の楽しそうな手話は、いっこうに止まらなかった。
グッドタイミングは見つからない。いや、それは違うだろう。
はなっから、タイミングなんてものは存在しない。

幽霊と同じだ。あると言えばあるし、ないと言えばない。別な
言い方をすれば、タイミングは探すものではなく、自分で作り
だす、あるいは、自分の中から発生してくるものだ。

それにたとえ手話を切り出す(会話に参加する)ときの、はじ
めのタイミングが良くなかったとして、その後の手話(会話)
でフォローすればいいのだ。普通の会話で考えたら分かる。
そんなことを、いちいちわたしが説明するまでもない。子ども
だって分かる。子どもなんか、お構いなしではないか。

ヘタレ爺、しっかりしろよ。その手を動かせば良いのだ!

一寸の虫にも五分の魂。わたしだって人間。些細なものだ
が、心がある。わたしが話しかけた(手話)ときに、果たして
三人のろう者がどういう反応をするかは、分からないのだ。

優秀な気象予報士だって、そんな予測はできやしない。
話しかけた結果は、新春の雪解け水かもしれない。冬の
路面凍結により、大いに滑って転倒するかもしれない。

しかし、宇宙の果てのように、まるで分からないことをいくら考
えたところで、結果は分からない。分からないことを不安に感じ
たり、まして行動を躊躇するなんて馬鹿げている。ナンセンスだ。
ある意味、わたしの存在自体が大いに馬鹿げているのだが....。

とにかく、この手を動かすんだ!わたしは、10本の指を見た。
男にしては、キレイな指だ。ささくれは別としても、綺麗な爪だ。
ただし、爪は長すぎた。しかし、ここで爪を切るのは、マナー
が悪いし、タイミングが悪すぎた。爪を切るのは、今夜の風呂
上りだ。もちろん、そのことを忘れていなければだが..。

いや、爪のことは、いま、ここで考えることではなかった。
いま、わたしが考えること、いま、わたしがやること。

わたしは、右手を前に、ゆっくりと、ひらひらと、差し出した。

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