心の大きさ その

家族は「紅白歌合戦」と「絶対に笑ってはいけない」を見ていた。
私はどちらにも関心がない。午後
910分、家庭の温かみを
振りはらう荒野のガンマンのように、わたしは自宅を勢いよく
飛び出した。拳銃はないけど、使えない頭と無駄に鍛えた脚
があった。リュクを背負い、
55狙茲砲△訐田山新勝寺に
向かって、ゆっくりと走り始めた。

 

走ったら帰る。大空をぐるぐる旋回した鳩が小屋に戻るように。
翌朝の元旦早朝に家へ帰る予定だった。しかし実際に戻った
のは
1ヵ月後だった。ジャージではなくパジャマを着て、涙と
笑顔の帰宅だった。私は車椅子に乗って生還したのである。


千葉方面へ向かってのランニング。
大晦日の街並みはザワザワしていたが、歌舞伎の開演前の
観客のように、しっとりとした平静さと上品さをなんとか保って
いた。走る車と歩く人は、いつもよりも断然少ない。
ランニング中の変人は、わたしだけだった。


蔵前橋道路から市川、船橋を経由して、津田沼からの成田
街道をひたすら走り続けると、右手には網のフェンスに覆わ
れた陸上自衛隊の習志野駐屯地、左手には電飾看板を
煌々と照らしたセブンイレブンが見えた。
節電より販売促進、TVよりマラソン。


「あと5分したら2011年」ガーミンはデジタル数字で教えた。
ここまで
25舛鯀った。「休憩しなさい」年老いてやつれた
声が、身体の内側から聞こえてきた。


右の自衛隊には入れないから、左のセブンイレブンに
入った。代わり映えのしないコンビニだ。綾瀬はるか、
石原さとみはいないが、刺激的な雑誌はある。
店員は1人。新年のカウントダウンをコンビニでやろう
という人間は、習志野には一人もいなかった。


体はズングリ重たいが、頭はスカスカに軽い、冷めた
心と冷めた細い目をした若い店員がいた。年末年始
など知ったことかという顔で、おにぎりと缶コーヒーを
不愉快そうにレジ袋に詰め込んだ。「面倒をかけて
悪かった」と言いたかったが、言わなかった。


店員はありがたくなさそうな顔で「ありがとうござい
ます」と言った。喉の奥のくぐもった声だった。
わたしの顔は一度も見なかった。
その通り、それは正しい判断なのだ。

 

それにしても、素晴らしい大晦日だった。

このわずか
30分後に、人生が一変する素晴らしい体験
壮絶な体験が待っているなんて、誰が想像できただろう。

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餃子の王将