心の大きさ その

 

素晴らしい大晦日だった。しかしこのわずか30分後に、
人生が一変する素晴らしい体験と壮絶な体験が待って
いるなんて、だれが想像できただろう。


わたしはレジ袋を受け取り、外に並んだゴミ箱の上に
それをバサッと置き、ビニール包装をむしり取った梅の
おにぎりを、飢えた馬のようにバクバクと食べた。


私は半分飲んだ温かい缶コーヒーをゆっくりと、倒さ
ないように、ゴミ箱の上に慎重に置いた。昔のボーリン
グ場で倒れたピンを手作業で立たせる疲れた作業員
のように。



あっという間だった。コンビニ前でボ〜としている間に
2010年と2011年は素早く入れ替わった。歓声も拍手
も口笛も音楽もない、冷えた日の丸弁当のように沈黙
の旧年と寡黙な新年だった。


単なる節目には特別な意味はない。継続した時間の
経過に過ぎない。カレンダーを1枚破るか、新しいカレ
ンダーに代えるか。つまり、
2010年と2011年は同じよ
うなものだと考えていた。いやそんなことは何ひとつ
考えていなかったと正直に言うべきなのだ。


妻と娘に「おめでとう」と慎ましいメールを送信した。
元旦の風が、挨拶代わりに頬を撫でた。缶コーヒー
を少し飲んだ。セブン店頭には前年最後の汗臭い
客がいたが、新年最初のまともな客はまだいない。
わたしは
5分後に携帯の画面を覗いた。代わり映えし
ない携帯だった。迷惑メールもなければ、家族からの
返信メールもなかった。


我が家の女性陣はジャニーズのテレビを見る。
冷蔵庫を何度も開けて、何度も覗き込み、何かを食べ
何かを飲み、わたしの関心のない芸能人に関する
おしゃべりを永遠に続けているのだ。わたしからの
メールは「早ければお正月のあいだに、遅くても今
年中には目を通すから」。それはどうも、ご親切
にと、わたしは微笑んだ。


家族の温かみを胸にしたわたしは、ゴミを正確に
分別して、それぞれのゴミをそれぞれのゴミ箱に
5-4-3のダブルプレーのような素早い動作で素早く
放り込んだ。

 

それから黒いリュックを背負い、黒い空を見上げて
両手を上げて見えない無数の星を掴み、元旦の出
来立ての冷たい空気を肺に吸い込んでから、両手
を下ろした。

 

そこでわたしは、先ほど掴んだ星と、僅かに残って
いた幸運のすべて手放したのだ。

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