13時予備校の恋(27)
それからの二人は夢中になって話をした。まるで堰を切った
ように、半年間の空白を埋めるように、むさぼりあうように。
話の中身は勉強に関する真面目な話は少しで、大半は下らない、
どうでもいい話だった。つまり話なんか何でも良かったのだ。
氷の役目を放棄したアイスティーをストローでグルグル
と彼女は回した。それを見るだけで飲もうとはしない。
この恋が上手くいきますようにと、水のように薄くなった
アイスティーにお願するかのように。
そのとき、わたしは彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
それは性的欲望ではない。例えて言うなら、雨に濡れな
がら懸命に走ってきたウサギが大樹の下でほっとしながら
も少し震えているのを見て「もう大丈夫だから!」と両手
を差し出して、そっと抱きあげるときの気持ちである。
もっともそんなことを言ったら「私は震えてもいないわ。
それにウサギじゃないから」赤い顔して怒るだろうが。
オレンジジュースの入っていたわたしのグラスは氷を含
めて、わたしの頭のように、すべてが空っぽになった。
彼女は爽やかで、それでいてしっとりとして、知的で冷静
で軽妙だ。造花のようにクールでありながら生薔薇のよう
に情熱的だ。早見優と柏原芳江を足して2で割ったように。
混沌から秩序へ、彼女の誘い出しから小一時間が経過した。
四方を壁に囲まれた混沌の牢獄に一筋の光が差し込むと
全体が明るくなり障壁は消滅、どこまでも広がる、どこ
までも飛んで行ける正しい宇宙の秩序(無限)を感じた。
わたしは天下を取った気分だった。銀河系に飛び出した
1972年ロケットマン(エルトンジョン)の気分だった。
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