13時予備校の恋(32

 

マラソン2時間40分ランナーとゆっくりジョギング中

に感じる疲労感だ。または、育ちのいいお嬢様と一緒
に日本橋高島屋に行ったときに感じるソワソワとした
落ち着きのない感覚でもある。

 

そのとき、洋子の赤い唇の端に余裕の緩みが浮かんだ。
相手の戦略を完璧に読みきったプロ将棋士の微笑み。

洋子の瞳は一瞬だけ堅くなったが、すぐに元に戻った。

陳列商品を素早く並び終えたコンビニ店員のように。

洋子はゆっくりと語り始めた。選挙演説の第一声のように

柔らかさを意識しながらも緊張感の含んだ押しの強い声で。

 

「始めに断っておくことがあるの。勘違いがあるとお互い
の為にならないから」ハキハキと無駄のない口調でハキ

ハキと言った「いまここで、ハッキリ言っておくから」

わたしは思わず身を固くした。この身を澪削られる痛い
話しに違いない。ここだけは治療しなければいけないと

いう職業意識に燃える歯科医を前にして、わたしは口を

開けた無防備な患者の気分だった。

 

すすけた天井を2秒間見上げてから、洋子は厳しくて
冷ややかで隙のない視線をわたしに向けた。

自信の表情だ。「言いたいことはしっかりと言わせて
もらいますので」神様のお墨付きを貰ったかのように。

あのね、あなたが今まで遊んできたことは知っているわ!

 

洋子の目の奥に、ブルースリーのようなメラメラと
燃える怒りの炎がチラリと見えた。