13時予備校の恋(40)
右手が無造作に髪をかき上げたとき、洋子の額の右端に
小さい汗の粒が2つ浮かんだ。それは発育中の真珠の
ように見えた。洋子は真剣な目で真剣に持論を力説した。
どことなく怪しさを含んだ、あるいは意図的に含ませた
真剣さだった。優秀なマルチ商法の販売員みたいに。
それでもわたしは、余計な事は言わなかった。従順な
聞き役に徹した。月曜日の営業会議の営業部長のように
洋子は悦(ゾーン)に入っていた。
天賦の才だ。黒でも白、白でも黒と言わせる、男の磁力
を狂わせる、美しい女性と本物の魔女のみが所有をする
美しくて本物の魔力だ。洋子はそれを所有して、それを
惜しみなく使った。勝負に出たのだ。
「あなたは悪ぶっているけど」と、洋子は言った。
昭和55年の田中裕子のように切ない顔と切ない声で。
「本当の貴方は真面目な人(男性)そうよ、絶対に、
そうでしょう!?」洋子の瞳はうっすらと潤んでいた。
あるいは、わたしの目が潤んでいたのかもしれない。
身悶えのように「そうでしょう?!」2回繰り返した。
ボディブローの連打、さすがに、これは効いた。
さらに、洋子の眼の中で多数の星が激しく飛び回った。
まるでラスベガスのカジノのルーレットのように。
洋子は賭けに出た。絶対に負けない賭けに。
一方のわたしは自問自答していた。洋子の言うように
本当のわたしとは、真面目な良い人間なのだろうか?
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