KAZUの完全復活を目指して

平成23年1月1日元旦の午前1時 年越しJOGの途中で転倒して大怪我をした。 大腿部と手首の骨折〜救急車の搬送〜2回の入院と手術を経て2月9日に退院。 そして退院後のリハビリ通院は79回をもって、平成23年6月29日に終了した。 さぁこれから、ここから、どこまで出来るのか、本当に復活(完全)出来るのか? 本気でヤルのか、情熱を注げるのか、そして過去を超えられるのか? 質問と疑問に対して、正々堂々と、決して逃げずに、答えを出してみよう。 こういう人生を、こういう生き方を、思い切り楽しんでみよう。 KAZUさんよ、タイトルに負けるなよ!

劇団四季アイーダ

8月の涙

ねぇ どうして 涙が 出ちゃうんだろう・・・・・

劇団四季アイーダの観劇
第1回 2010.9.4・第2回 2012.4.19・第3回 2012.5.10・第4回 2012.6.7
・第5回 2012.8.5

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今回のアイーダは、主役級の3人(アイーダ、ラダメス、アムネリス)のキャストが
変わっていた。 いつも観るたびに感動するけれど、今回は、半端じゃなかった。
いままで5回観てきたけれど、今回は、最初から最期まで涙がとまらない・・・
何かがおかしい、どうしたんだろう、一体 どうなっちゃったんだろう

  劇団四季のアイーダだから  涙が出ちゃうのか
「月のあかり」が歌えないから    涙が出ちゃうのか
戦争の本ばかり読んでいるから   涙が出ちゃうのか
 先日、お墓参りに行ってきたから  涙が出ちゃうのか
 大怪我をしたから、  走れないから  涙が出ちゃうのか
原爆投下と終戦記念日が  あるから  涙が出ちゃうのか
根津甚八のCDとDVDを  買ったから  涙が出ちゃうのか
五輪を観て、 泣き癖がついているから  涙が出ちゃうのか
座骨神経痛と微熱の日々があったから  涙が出ちゃうのか
立原正秋の「冬の旅」を 読んでいるから  涙が出ちゃうのか
左足が曲がらない、正座が出来ないから  涙が出ちゃうのか
 「涙そうそう」のギター練習をしているから  涙が出ちゃうのか
  寺川綾の泣き笑いの表情を想い出すから  涙が出ちゃうのか
ランニング、  マラソン等から逃げているから   涙が出ちゃうのか
高校生からのファン、 エルトン・ジョンだから    涙が出ちゃうのか
今度はいつ観劇できるのか  分からないから    涙が出ちゃうのか
 
どうしてこんなに泣けてくるのか、その理由を、考えてみた。
ボクの身体の中に、泣けてくるような哀しいこと、切ないことが、一杯詰まっている。
泣けてくるようなこととは、自分自身のこともあるし、自分以外のこともある。

日常生活では、そういった様々なことを、自分の内面に封じ込めている。
少なくても外見上は、何一つ心配事が存在しないようにして、普通に振る舞っている。
ところが、ある瞬間に、この潜在的な悲しみが、切なさが、次から次と溢れだしてくる。
ある瞬間とは、非日常的な状況に遭遇したときに、いきなり動き出す、そのときである。
例えれば、休火山の奥底にある大量のマグマが、大地震などの地殻変動によって、
巨大な刺激を受けて、地底から噴火して大爆発する、というようなものだろう。

「アイーダ」を観ながら、パイル地のタオルは、塩分を含んだ水分で濡れていく。
終演が近づくにつれて、あちこちの観客席から、鼻をすすり上げる音が聞こえてくる。
ボクだけじゃない、みんな泣いているんだ、みんな悲しみを抱えて生きているんだ。
人は誰でも、哀しさと切なさと共に、迷いながら、傷つきながら、それでも生きていく。
生きていく、ということは、こんなに哀しくて、辛くて、切ないことなのか・・・・・

終演と同時に、満員の会場からは、カーテンコールの拍手が地響きのように発生した。
3回目のカーテンコールになり、自然発生的に、観客は立ち上がり始めた。
もう、理由は分からないけれど、誰もが、座っていられる状態ではなくなっている。
スタンディングオベーション、さっきまで、鼻をすすり上げていた観客達は総立ちになり、
みんなスッキリした、輝くような、泣き笑いのような、少しおかしな表情になっている。

そうか、そうだったのか、どうして涙が出ちゃうのか、ようやく分かってきた。
ボクは生きたい、人は生きたい、ボクは笑いたい、人は笑いたい、
ボクは感動したい、人は感動したい。
哀しいから、  切ないから、人を助けて、人に助けられて、
人と人は手を取り、心を通わせて、そうやって生きていく、それでも生きていく。

だから、だから、涙が出ちゃうの! 真珠じゃないのよ、涙は ハッハァ〜(^∀^)

誰にとっても、笑いと涙は心の内にある同じ深い泉から
湧き出るものである。
そして安心かつ嬉しいことに、
時によき涙のあとには笑いが待っていることに気づく。
笑いは悲しみの向こう岸で待っていてくれる贈り物なのだ。
ヘーゼルデン財団
(米国ミネソタ州に本部を持つ依存症回復施設、治療・研究・教育・出版活動団体)
「今日一日」のヒント(TODAY'S GIFT)

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ランチ御前 コーヒー、934円(200円割引券) 華屋与兵衛 東新小岩店

愛〜だ!AIDA!アイーダ

05:15〜 自然 起床
05:30〜06:45/マッサージ・ストレッチ・筋トレ
寝違えたのかしら、背中が痛いけど、明日は大丈夫かなぁ(^∀^)

劇団四季アイーダの観劇
第1回/2010.9.4・第2回/2012.4.19・第3回/2012.5.10・第4回/2012.6.7

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総選挙のはなし、エッ?! AKBじゃなくて国政選挙ですよ(^∀^)

選挙の投票所は、徒歩15分の小学校、6年間歩いて通学した懐かしいと場所だ。
投票のあと、校庭に目を向けると、何人かの子どもが、はしゃぎ回っている。
しばらく校庭を眺める、僕は少し首を傾ける、”ちょっとおかしい、何かがおかしい”
僕の中に発生した、小さな疑問を確かめるために、歩いて幼稚園に向かった。
日曜日、閉められた門から、幼稚園の園庭を確かめるように見る、やっぱりおかしい。

小学校、幼稚園のとき、走り回った校庭、砂遊びをした園庭は、こんなに小さくなかった。
いや、小さくなった訳ではない、”大人になったから小さく見える” というこだろう。

小学校2〜3年生の頃、母親に連れられて、宝塚を観に行ったことがあった。
子どもの僕は、初めて観る宝塚の華やかさは、とても刺激的で新鮮だったけれど、
正直に言えば、テレビで欠かさず見ていたウルトラマンの方が楽しかった。
昨日、観劇した劇団四季のアイーダは、何度観ても色褪せない、素晴らしい。
では大人になってからの宝塚は、歌舞伎は、どうなんだろうか。

こどもだって、おとなだって、好きなことをするべきです。
僕の好きなものは、校庭の外にあるかもしれないし、中にあるかもしれない。
過去の先入観を持って見ていると、小さく見えたり、つまらなく見えたりする。
好きなものを見つける、好きなものを見つけたい、好きなことをしたい(^∀^)

やっぱり人間は好きなことをすべきなんです。
ただし、好きなものを見つけるのが実は難しい。
20代で見つかるなんて思っちゃいけない。
スポーツ選手は若くして決めますが、
凡人は30歳までわからないと思った方がいい。
20代はとにかく辛抱する。
そして好きを見つけたいと思い続ける。
堺屋太一

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つけめん 780円 一燈 新小岩駅北口     コーヒー 100円 マクドナルド新小岩駅北口

アイーダ 劇団四季

05:05〜 自然起床
05:10〜06:45/リハビリ(ストレッチ・ 筋トレ)
06:50〜07:35/お風呂(マッサージ・正座)
ときどき、神経痛が発生する、鎮痛剤を服用する、トホホだわ(´−д−;`)

いつか見た景色、一体いつだろうか、どこで見た景色だろうか?

劇団四季アイーダの観劇 第1回/2010.9.4・第2回/2012.4.19・第3回/2012.5.10

昨日、3回目の「アイーダ」を観劇するために、JR浜松町駅から歩いていた。
オバサマ集団が、楽しそうにおしゃべりしながら、僕の前方をゆっくり歩いていた。
和食レストランに入ると、先ほどとは違う、オバサマ集団が、楽しそうに話している。

この感じ、以前に見た景色、一体いつだろうか、どこで見た景色だろうか?
わずかな記憶のロープを引っ張ると、やがて、セピア色の記憶がパッと蘇った。

日本一の歓楽街である歌舞伎町、ときは1981年前後、僕は大学生だった。
通学していた大学への乗換駅である新宿は、ぼくのホームグランドになっていた。
とくに、学校帰りの夕方は、規則正しく毎日のように、足は歌舞伎町に向かっていた。

お酒と煙草、きらびやかなネオン、そして、フラフラ歩く若者達、男と女の交差点。
ある日の夕方、学校帰り、いつものように歌舞伎町をフラフラと歩いていた。
目線の先に、いつもとは違う異質な雰囲気を感じる、よく見ると、オバサマ集団だ。
新宿コマ劇場の周りを囲むように、オバサマ集団の長い行列ができている。

オバサマ集団のお目当ては、北島三郎の新宿コマ劇場 サブちゃんです。
このとき、当時21歳の僕は、次のように感じたことを記憶しています。
たくさんの時間と金がある、嬉しそうにニタニタ笑っている、なんだかなぁ・・・・・
オバサマ集団は、きっといつもサブちゃんを追いかけている、なんだかなぁ・・・・・

ここまで思いだしてから、自分のことに気がつく、これって同じことじゃないか。
3回目の「アイーダ」を観にきている僕は、あの当時のオバサマ軍団と同じなのだ。

通りすがりの若者の一部は、アイーダを見に行く51歳を見て、なんだかなぁ・・・・・
そして、僕は、若者のスボンが不自然に下がっているのを見て、なんだかなぁ・・・・・

「自分の考えは、いつでも正しい」 と考えることはとても危険だ、と言い聞かせる。
しかし、それにしても、劇団四季の「アイーダ」は、素晴らしいのです(^∀^)

人は迷いながら  いつか辿りつく 本当の愛に (アイーダ、「迷いつつ」より)


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発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることなのだ。
マルセル・プルースト

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唐揚三昧定食、コーヒー 800円 やるき茶屋 新小岩駅南口

劇団四季アイーダ


いつかは来る別れのときが、苦しいけれど、言わなければ(星のさだめ)

劇団四季アイーダの観劇 第1回/2010.9.4・第2回/2012.4.19

前回(2010.9.4)は、その
内容(ストーリー&楽曲)を、まったく知らずに観劇しました。
しかし今回は違う、アンコール公演の発表から、一日千秋の想い、待ちに待ったのです。
この日のために、3ヶ月前からCDを聴きまくり、準備はOK、体調だってバッチリです。
僕の座席は舞台から5列目、客席は老若男女、ただ、観客の80%は女性が占めている。
前後左右を見知らぬ女性陣に包囲された51歳の親爺は、ただ静かに開演のときを待つ。

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そして、ついに始まる〜最初の歌曲が終わる、初めて体験するような感情に包まれる。
高ぶる精神と共に、しっとりした、安らかな、落ち着いた、満たされた気持ちになる。
ところが、異質な感情が発生している、寂しさと切なさが溢れてくる、このまま止めてくれ。
そんなに急いで、先に進まないで欲しい、なぜだろうか、この気持ちは、どこからくるのか。
始まってしまうと終わりが来る、この先に確実に、僕は到達する終わりを恐れているのか。
このまま進んでいくと、かなしい場面に辿り着く、僕は、これを恐れているのだろうか。

星の運命(さだめ)か、罪の報(むく)いか、なぜ、やってきた、別れのときが・・・・・

昨夜、しっとりして気持ちで帰宅する、「どうだったの?」 と家族に感想を求められる。
何だか変だ、やっぱり、いつもの自分じゃない、簡単な単純な普通のコトバが出てこない。
人に感想を伝える、相手が理解するためには、まず自分が客観的になる必要がある。
しかし、どうしたんだろう、いまは、いつものようなハッキリ主張している自分じゃない。

いつものような 「良かった、感動した」 という表現では、まるで、心の実相が伝わらない。
僕の心の中にある主観が大き過ぎて、まだ客観的になれない、まだ準備が整っていない。
もう少しだけ、ただ君だけを、静かに、心の中を占めるアイーダの余韻に浸っていたい。

あなたの思想と感情を表すあなたの言葉は、
あなた自身ばかりでなく他人をも癒す力を持っています。
あなたは自分のためばかりでなく、他人のためにも
よい言葉を使う習慣を身につける必要があります。
ジョセフ・マーフィー

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パスタランチ ドリンクバー 904円 ジョリーパスタ西新小岩店

たとえ100回生まれ変わっても

05:05〜 自然起床
05:20〜06:05/お風呂(パワーブリーズ・マッサージ・正座)
毎日リハビリ、まだまだ続くよ (^∀^)・2月累計0キロ(0日)
はちすばクリニック
1.温め 2.先生のマッサージ 筋トレ 3.電気 4.電気、膝を押し下げる(10回×3)
5.内腿 クッション(10回×3) 6.チューブ外腿(10回×3) 7.お尻上げ(10回×3)
8.腿上げ 9.エアロバイク5分

劇団四季ミュージカル、  アイーダ 公演期間  4/14〜7/8

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これは愛の物語。 誰にも引き裂くことのできない運命の愛は、時空をも超える
「自分の運命が気に入らないのなら、変えればいい」
たとえ100回生まれ変わってもきっと君を探し出すよ、アイーダ

妻子ある身であるから、当然のこととして、恋愛しようという気持ちはない。
人間として、尊敬したり惹かれたりすることはあっても、決して恋愛対象ではない。
正確に言うと、恋愛が存在しないのではなく、封印している方が正確な表現だろう。
大人として、社会人として、自分の立場に責任と自覚を持つことは必要なことである。

しかし、かつての恋心のトキメキを、懐かしく、愛おしく、心が感じることはある。
この心の封印部分を、誰にも迷惑をかけずに、やさしく埋めてくれるものがあるのです。
この埋めるモノが、虚実の世界である、文学、映画、舞台、などの文化、芸術なんです。

しかし、そうは言っても、10〜20代の恋愛映画、ドラマを観ようという気は減少した。
若者の恋愛映画より、もっと人生を問うようなモノに惹かれてしまうようになった。
音楽も同じ傾向がある、ヘビメタよりクラッシックやジャズを聴く機会がおおくなってきた。

だから、3年前に観ようとした 劇団四季 アイーダについて、大きな期待はなかった。
ところが、いい意味で期待は裏切られた、世の中に、こんなに感動するものがあったのか。
人生、恋愛、誠実、勇気、覚悟、約束、永遠〜こういうファクターが表現されています。
アイーダというミュージカルには、自分の魂が揺さぶられているような感動があるのです。

もういくつ寝るとアイーダ、いまから楽しくて楽しくて、たまんないですね(^∀^)

何か一つ、人生の楽しみがあればいい。
その楽しみのための人生であってもいい。
のたった一つのものが、多くの人との出会いを生み、
人生を豊かにしてくれる。
そういうものがあれば、人生の波は越えることができる。
風向きが変わっても慌てなくて済む。難しく考える必要はありません。
自分が心から楽しめることをすればいいのです。
堀江謙一

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野菜炒め 餃子(無料券)小ライス609円 王将新小岩店 コーヒー100円(割引券)KFC新小岩  

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